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金正恩がシンガポールで夢見た「北朝鮮・カジノ建設計画」

新聞・テレビが報じない米朝会談の真実

遂に実現した「世紀の会談」。2大巨頭の握手の裏で、舞台となったシンガポールでは、両国の思惑が蠢いていた。米朝の握手は日本に何をもたらすのか。現地の「生の姿」をお伝えする。

金正恩の手は震えていた

「モドゥンゴスル イギョネゴ イチャリカジ ワッススムニダ」

6月12日午前9時4分、シンガポールの外島セントサにある高級リゾート「カペラホテル」3階の柱廊の前に、右手からトランプ大統領が、左手から金正恩委員長が現れ、中央でガッチリ握手を交わした。二人は12秒間、互いに見つめあったまま手を離さなかった。

着席し、金正恩委員長が独特のだみ声で重々しく言い放ったのが、冒頭の言葉だった。「何もかも乗り越えて、ここまで来ました」という意味だ。

金委員長の言葉を、脇の朝鮮人女性通訳が英語に訳そうとするが、緊張のあまり声が震えている。当の金委員長も、緊張して左手が小刻みに震え、それを覆い隠すため、右手を左手にかぶせた。

「何もかも乗り越えて来た」――この一言に、金委員長の苦悩が凝縮されていた。

 

今回、金委員長は「自国もしくは自国近く」の開催にこだわった。それは何より、留守中の朝鮮人民軍によるクーデターを恐れたからだった。

「トランプが完全な非核化を迫るのであれば、会談は再考されたほうが……」軍幹部たちは、こう建議した。いままでアメリカという敵がいたからこそ、祖国を防衛する120万朝鮮人民軍は、北朝鮮国内で最強最大の既得権益集団でいられた。

それが、アメリカが敵でなくなれば、軍人よりもビジネスマンのほうが大手を振る社会が到来する。ちょうど隣の中国が、数十年前に経験したようにだ。

だから朝鮮人民軍としては、トップがアメリカにのめり込みすぎるのは、何としても防ぎたいのである。

そんなことは、金委員長とて百も承知だ。だからこそ、軍が管理している自身の専用機は信用できなかった。それで恥を忍んで、習近平主席に専用機を借り受けたのだ。

金委員長の旧ソ連製専用機が旧式だから中国から借りたという報道もあったが、それは違う。6月11日に朝鮮中央通信がこの一件を、わざわざ報道している。

そして「中国製専用機」は、10日早朝に北京を出発し、平壌で金委員長一行を乗せてからシンガポールに向かっている。平壌で小細工されるのを恐れたためだ。

それでも安心できなかった金正恩委員長は、12日付『労働新聞』に、ロシアのプーチン大統領に宛てた祝電を、大々的に掲載した。

これも同様に、「自分の留守中にヘタなことするとロシアも黙っていないぞ」という軍強硬派に対する警告が込められている。もちろん、トランプ大統領に対して、中ロが自分に味方していると暗示するメッセージでもあった。

このように金正恩委員長は、「自己と祖国の命運を賭けて」シンガポールへ向かったのである。その前に、習近平主席と会った時、金委員長が嘆いて漏らした。

「こちらは、1953年の朝鮮戦争の休戦協定以降、最も重要な会談として、国を挙げて取り組んでいる。それなのにトランプ政権の対応は、真剣さが足りない」