日本の児童虐待対策があまりに的外れな「根本的原因」

これでは、救える命も救えない
井戸 まさえ プロフィール

複雑な問題を持ち時間5分で語れるか

また、こうしたヒアリングはたいてい「1時間」と決まっている。国会議員は多忙のため、時間を区切らない会議を持つのは難しいことはわかるが、問題は会議の進行の仕方である。

会議ではこの1時間をいかに効率的にするかに主眼が置かれるために、大抵は複数の関係者を詰め込むことが当たり前になっている。

当然、参加者の発言持ち時間は限られ、複雑な事案を単純化して伝えなくてはならなくなったり、中途半端な内容に終始してしまったり、ヒアリングを受けた当事者の中にかなりの不完全燃焼感、ストレスが残ることも珍しくない。

例えば、先般行なわれたある党のヒアリングでは、関西からわざわざ有識者である大学教授を議員会館に呼んだが、発言時間はたった5分だったという。

そのために時間をかけて資料を作り、移動時間も含めたら相当のコストを払って出席したにもかかわらず、5分とは。

 

「資料を読んでもらえればそれでいい」と恨み節ひとつ言わないが、残念ながら政治家がそうした資料はざっと目を通すことがあっても、たいていは事務所の書類の上に重ねられ、いつしか埋もれて「欲しい時には出てこない」となるのがパターンである。

私もこうしたヒアリングで当事者側のスピーカーや支援者として協力をしたことが何度もあるし、一方で国会議員の立場も経験しているので、その場にどんな空気が流れていたかは手に取るようにわかる。

〔PHOTO〕iStock

ちなみに、学識経験者等の有識者を呼んでのヒアリングでは彼らに謝礼と交通費が支給されるのが通常だが、本当に事情をわかっている当事者には支払われないケースもある。学識経験者同様、いやそれ以上に貴重な情報を提供しているにもかかわらず、だ。

今年、私が体験したものでは、ヒアリングの前々日、法務省から急遽予定していた人が来られなくなったために対応をしてほしいとの依頼があり、当事者には仕事を休んでもらって協力をしたが、謝礼はおろか交通費も払われなかった。

法務省に聞くと、そのような配慮は思いつきもしないという感じで、そもそもヒアリング対象となった当事者が置かれた経済的状況に対してすら想像できないでいることに心底驚いた。

彼らが置かれた過酷な現状をさんざん聞いていたにも拘らず、だ。