2018.06.28
# 武田薬品工業 # M&A

武田が7兆円買収で手に入れる、シャイアー「パイプライン」の真価

「新薬」という大輪の花は咲くか
小出 フィッシャー 美奈 プロフィール

シャイアー買収は妥当か 

パイプラインを見ると、武田がシャイアーを買った理由は分かりやすくもある。申請一歩手前の「フェーズ3」の開発薬が今の武田には3品目しかないが、シャイアーには15品目あり、当面のパイプラインは補強される。

シャイアーは希少疾患のバイオ薬で世界のトップ企業だ。希少薬市場は現在12〜13兆円規模で、数年後には20兆円以上に伸びるとされる成長分野。それぞれの薬の患者数は少ないが価格は高く、ニッチ分野なので競合もこれまでは少なかった。

Photo by Gettyimages

シャイアーの予想EPS *一株あたり利益、一時的コストを除くベース の5ポンド 、約740円は武田のそれ(285円)の2.5倍以上あるから、タケダの株主にとっては統合後の一株あたりの価値は上昇することになる。統合後に新株発行による希薄化 *発行済み株数が増えて、一株あたりの価値が下がること が起こるのも、ここ数ヶ月の株価低下で織り込み済みだろう。

新会社の債務は6兆円規模になるが、シャイアーのキャッシュ創出力は高いので、それを返済に使うことが出来る。シャイアーが今後、希少疾患薬の業界並み(年率10%程度)に成長するなら、武田の株主にとって悪い話ではないように見える。

どうなる日本のものづくり

問題は、パイプラインは長いのに、競争環境の変化は早いことだ。

成長する希少疾患分野には製薬大手各社も注目しており、シャイアーのシェアの高い血友病治療分野で最近競合薬が承認されるなど、競争が厳しくなりつつある。

また従来の「低分子医薬品」の事業モデルは、製薬会社が化合物の特定から、開発・生産までを全て自社で手がける自己完結型だった。しかしバイオ薬で先行する欧米企業は、基礎研究は大学やベンチャーなどと広く協業、一方製造の方は、抗体の大量培養技術を持つCMOと呼ばれる専門機関にアウトソースする動きが出ている。

ちょっと嫌な既視感がないだろうか。そう、これは半導体「ファブレス」を想起させる「水平分業」だ。過去、半導体から部品まで自前で作って自社製品に組み込んでいた「垂直統合」の日本のテクノロジー企業が、「ウィン・テル(マイクロソフトのウィンドウズとインテル)」と呼ばれたオープンな「水平分業」への構造変化に乗り遅れた失敗体験を思い出してしまう。

最近ではIBMの「Watson(ワトソン)」など、AI(人工知能)の研究開発への投入も始まっている。熟練研究者の経験知に頼らず、アルゴリズムによって候補物質の絞り出しや患者選択が幅広く可能となれば、研究開発が飛躍的に効率・短縮化されるパラダイムシフトが起こり得る。ベンチャーや異業種の参入も続く。

買収価格が本当に妥当だったかが判明するのはパイプラインが熟す10年先かもしれないが、その時には 「パイプラインを確実にするための規模」というこれまでの競争原理そのものが変わっているかもしれないのだ。

それにしても製薬業界までこうなってしまったか、と思う。今まで私は「パイプライン」の長い医薬品は、視野の長い日本型経営の良さが発揮されやすい業界だと思っていた(拙著『マネーの代理人』でもそう書いた)。

ところが、そのトップを行く武田が、ものづくりをしないで外から資産を買ってきたり入れ替えたりするだけで、まるで金融商社や投資会社のようじゃないか、と批判を浴びる時代となったのだ。

優れた薬を必要とする患者に早く届けるという最優先事項を忘れてはならないが、一方で情報化とグローバル競争の時代に、企業が自前の花をゆっくり育てることはもはや難しいのだろうか、と思わずにはいられない。

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