重要選挙でまたしても出てきた「福島に住んではいけない」というウソ

脱原発を訴える人こそ、正しい情報を
林 智裕 プロフィール

その理由は、震災直後にたびたび見かけたカタカナ書きの「フクシマ」が象徴するように、福島が一部で記号化されて純粋な被害者性ばかりを求められ、「ホラーコンテンツ」「悲劇コンテンツ」として楽しまれたこと、そしてそうしたイメージを必要とする政治活動、あるいは社会不安に便乗したビジネスに利用・消費されてきたことと無関係ではないでしょう。

高度に政治問題化した原発事故は、さまざまなイデオロギー闘争や便乗ビジネスの舞台にもされてきました。

コンテンツとして記号化された「不幸な悲劇の地・フクシマ」にメリットがある人々にとっては、政府の復興政策が「失敗」を続けて「放射能」の恐怖が具現化したほうが、自らの言説や活動に説得力を持たせるためにはプラスに働くのかもしれません。

しかし、もしも自分達のエゴのために、福島の当事者に「被害者性」を求めているのだとすれば、それは彼らが本来果たそうとしている目的や理念から見ても、本末転倒なのではないでしょうか。

嘘や偏見を広めてまで「フクシマ」に依存を続けることは、もはや被災者に対する「寄り添い」ではなく、「搾取」であり、明確な加害行為と言えるでしょう。それは「弱者を利用したビジネス」になりかねず、決して「弱者の味方・支援者」ではなくなってしまうように私は感じます。

 

原発批判の論拠はいくらでもあるのに

私はここで、「反原発」や「政府批判」それ自体を否定するつもりは一切ありません。むしろそれらの言説や少なからぬその支持者が、いまだに福島への偏見と嘘を全体的に排除できないまま「オオカミ少年」になりつつある現状、そしてそれがかえって批判の説得力を大きく損なってしまうことを強く危惧しています。

最初にお話ししたように、原発事故の被害は甚大です。たとえ放射線被曝そのものでの健康被害が出なかったとしても、他の要因での健康被害は多発しています。脱原発を主張したり、政府を批判するための論拠は、「鼻血」などを持ち出さなくとも、他にいくらでもあるのです。

たとえば、福島県では避難生活の長期化や環境の変化、ストレスなどを原因とする震災関連死が、他県に比べて飛び抜けて多く発生しています。

センセーショナルな「被曝」ばかりに執着して「鼻血」や陰謀論などのコンテンツを消費することにリソースが奪われる一方で、せっかく震災を生き延びた命が、こんなにも多く奪われてしまっている現実があります。

震災関連死の状況 2017年9月30日現在(2017年12月26日公表) http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20171226_kanrenshi.pdf

このような現実の中で、福島への偏見を直接拡散させるのはもちろんのこと、7年間で明らかになった東電原発事故後の正しい放射線リスクや福島の現状を無視して、

「放射線の影響はまだ完全にはわからない」
「多様性を尊重し、慎重に議論を重ねる必要がある」
「不安な人もいるんですよ!素朴な不安に寄り添わなくては!」

などの一見「優しく」「理性的」に響く言葉を言い続けることさえも、思考停止や決断の先送りにつながり、福島の復興を遅らせることにもつながります。それらの代償は、立場が弱く被害が切実な当事者にほど、問題解決の遅れという形で重くのしかかっています(参考:福島県における震災関連死防止のための検討報告/2013年)。