「明日朝、地震アル」と"地震予知"した科学少年がいたのをご存知か

ラボ・フェイク 第3回
伊与原 新 プロフィール

しかし、これらの事例から40年以上経った今も、動物の異常行動による予知方法は確立されていない。織原義明・長尾年恭著『地震前兆現象を科学する』によれば、ある程度コントロールされた状況下で動物を継続的に観察するという研究はいくつかなされているものの、何らかのコンセンサスに至るにはまだ程遠い状況のようだ。

例えば日本では、いかにも我が国らしく、ナマズを使った研究が何度かおこなわれている。その結果、地震前(震度3以上)にナマズが異常行動を起こす確率は、3〜4割という微妙な数字であった。それ以前に、異常行動の回数が地震の数をはるかに上回っていたということもあって、予知情報としては実用性がない。

[写真]余計なところで異常行動をしなければ、予知できたかもしれないが…(Photo by GettyImages)余計なところで異常行動をしなければ、予知できたかもしれないが…(Photo by GettyImages)

イルカやクジラの集団座礁、深海魚の打ち上げなども地震の前触れとされることがあるが、著者ら(前掲書)によると、こちらは迷信と考えて間違いないようだ。集団座礁は国内で年間200件以上報告されているし、深海魚の打ち上げも実はさほど珍しい出来事ではない。そして、それらの大半は地震とは無関係に起きている。

さらに著者らは、インターネットで宏観異常現象の報告を募っても、地震予知には役立たないだろうと指摘している。積極的に報告してくる人々は、もともと地震や前兆現象に興味があるため、バイアスのかかったデータしか集まらないと考えられるからだ。

そう。ネットにあふれる地震雲の写真が科学になり得ないのと同じことだ。SNSで拡散されるさまざまな"目撃"情報は、人々の間に錯誤相関を生む。その先にあるのは、誤った予知情報やデマの再生産だけである。

 

安政江戸地震「眼鏡屋の怪」

当然ながら、動物が異常行動を起こすメカニズムの解明に取り組むような段階にまだ科学はない。ただ、わずかながら仮説は提唱されている。電磁気的な異常が原因ではないかというのもその一つだ。

地震にともなって岩盤に圧力が加わると、ピエゾ磁気ピエゾ電気効果によって、磁場に変化が起きたり、電磁波が生じたりする。それは事実だ。ラジオやテレビの受信異常など、宏観異常現象の中にはそれで説明できるものがあるかもしれない。

磁場に関しては、安政江戸地震(1855年)の逸話が有名だ。浅草蔵前にあった眼鏡屋で、軒先に吊るした磁石にくっつけてあった釘が、地震の直前にすべて落っこちたというのだ。そのことを知った思想家の佐久間象山は、永久磁石を使った地震予知器を製作し、人々に配布したという。

しかし、とここでも但し書きをつけなければならない。地震の前に磁場が変化するとしても、現在の実測や計算によれば、その大きさはたかだか数十ナノテスラ。市販されている磁石の強さは数百ミリテスラ(単位に注意!)だから、その1000万分の1だ。磁石の磁力を打ち消すことなどとてもできない。

ついでに指摘しておくと、「電磁気」の用語を使ってもっともらしい説明をでっち上げているニセ科学は非常に多い。磁場や電磁波は遠くにまで及ぶし、さまざまな形で作用するから、使い勝手がよいのだろう。「量子」と同じく、「電磁気」関連のワードが出てきたら黄信号、と思っておいてもいいほどだ。

"地震予知"少年椋平は、科学者だった

確認しておくが、メカニズムがわからないからといって、科学的事実でないということにはならない。例えば、超伝導は長らくその原理がわからなかったが、何人もの研究者が実験を繰り返し、その現象が実際に起きることを確かめていた。つまり、その段階から、超伝導は立派な科学であった。

言い換えれば、科学にとってもっとも重要なことは、「データの規則性や再現性が客観的に確認できること」ということになる。そのために、科学者にまず求められる態度とは何か。自然をひたすら観察し、「何かあるのではないか」というものを見つけたら、実直にそのデータを集めることだ。

「椋平虹」の椋平広吉は、世間から忘れ去られたあとも、89歳で亡くなるまで一人虹の観測を続けたという。少なくとも、少年時代の椋平が空を見つめていたときの態度は、まさしく科学者のそれだったに違いない。ただ、そのあとがいけなかった。正統な科学教育を受ける機会に恵まれなかったのは、彼の不幸だ。

1953年12月15日「朝日新聞」朝刊より

私は椋平に敬意を抱いているわけでも、彼の説を再検証する価値があると思っているわけでもない。ただ、私を含め、彼を笑うことができる科学者はいないはずだ。なぜなら、我々はまだ誰一人として、地震予知に成功していないのだから。

「ちょっと待ってくれ、週刊誌で見たぞ」と思った方はいるだろうか。「ちゃんとした学者が提唱していて、驚異の的中率を誇る最新の予知技術があるはずだ」と。よろしい。次回はその話から始めよう。

(次回「誰でも15分で地震予知ができる」はこちら

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