「明日朝、地震アル」と"地震予知"した科学少年がいたのをご存知か

ラボ・フェイク 第3回
伊与原 新 プロフィール

椋平は、1923年の関東大震災、1946年の昭和南海地震、1948年の福井地震など、多くの地震を予知したとされている。だが、それらを記録に残る形で公表したり、主張を論文にまとめたりするようなことはなく、「椋平虹」が学界で取り上げられることもついになかった。

その後、虹と地震の関係を否定する論文がプロの研究者によって出され、椋平がしばしばインチキをおこなっていたことが暴かれると、「椋平虹」はただのニセ科学として世間からも見捨てられた。ただし、北伊豆地震を前日に予知した電報については、今も定まった解釈がない。

 

「そういえば地震前日、妙な雲が……」

いかがだろう。そこまで荒唐無稽とは感じなかったという方も案外多いのではないか。そう。「椋平虹」は、今も巷でよく耳にする「地震雲」や「発光現象」といった"前兆"とさほど変わらないのだ。

「地震雲」という言葉が人口に膾炙したきっかけは、おそらく阪神・淡路大震災ではないかと思う。「地震の前日、"妙な雲"を見た」という証言があちこちで語られ、多くのメディアがそれを取り上げた。

いくら目撃例があっても、ほとんどの地震学者はまともに取り合わない。不真面目な研究者なら鼻であしらい、真面目な研究者も申し訳なさそうにかぶりを振るだけだろう。理由は単純。「地震雲」が科学の土俵にのっていないからだ。

そもそも、「地震雲」の定義がなされていない。線状、層状、弧状、渦巻状など、さまざまなタイプがあるとされているが、すべて普通の雲(飛行機雲を含め)にもあり得る形状だ。まずは、一般的な雲との差異を客観的に示してほしい。

事例の収集もまったく不完全である。「異常な雲が出て地震が起きた」というケースばかり集めていてもダメだ。長期間観測を続けて、「異常な雲が出たのに地震が起きなかった」「異常な雲が出なかったのに地震が起きた」という事例も同じように蓄積していかなければ、科学的な検証ができない。

通常の科学では、そうやって集めた事例の中に規則性があるかどうかを調べ、もしあれば、それを説明するメカニズムについて検討を加えていく、という手順をとる。要するに、「地震雲」はそのプロセスの入り口にさえ到達していないのだ。

今のところ「地震雲」は、「雨男、雨女」と同じレベルの話と見なされても仕方がない。「この人と一緒のときに限って雨が降る」というのは、たいてい「錯誤相関」だ。強い印象を受けた出来事だけが記憶に残り、そこに相関があるように錯覚する。

そしてその錯覚は、前回述べた「確証バイアス」によって強化される。「地震雲」に興味のある人々は、地震が起きると、「そういえば昨日、妙な雲が……」となるわけだ。変わった形の雲ぐらい、何でもない日にも見ているだろうに。

[写真]それらは、本当に相関関係にあるのだろうか?(Photo by iStock)それらは、本当に相関関係にあるのだろうか?(Photo by iStock)

ナマズは地震を予知するか

地震の前兆とされている事象の中で、井戸の水位変化、発光現象、地鳴り、ラジオやテレビの受信異常など、人間の感覚で観測されるものを「宏観異常現象」という。

洋の東西を問わず、古くから人々に知られていた宏観異常現象といえば、動物の異常行動だろう。これについては、頭ごなしに否定する地震学者は少ないと思われる。中国で、動物の異常行動を利用した地震予知の成功例が複数あるからだ。

1975 年の海城地震(河北省、M7.3)では、動物の異常行動の増加、地下水の異常、地電流の変化、微小地震の増加などの情報に基づいて、地震発生の9時間前に臨震警報を発している。顕著な異常を示すデータがいくつも得られていたとはいえ、驚くべき精度だ。

1976年の松藩・平武地震(四川省)では、宏観異常現象の発生がかなり定量的に捉えられた。住民から募っていた異変の報告数が、地震の10日前にそれまでの10倍近くまで急増し、そこから急激に減少した直後、M7.2の地震が起きている。