世界遺産の寺社で次々「拝観料値上げ」が起こる複雑な事情

財源確保の問題だけではない
岡本 亮輔 プロフィール

日光が世界文化遺産に登録される際も、二社一寺と3つの宗教施設に分けて登録された。東照宮と二荒山(ふたあらさん)神社と輪王寺である。

だが、これら3つが区別されるようになったのは明治期の神仏分離以後だ。

そして分離以降、日光山内のどの建物がどこに属するのかをめぐって、昭和に入っても特に東照宮と輪王寺の間で激しい駆け引きが行われていた。

その結果、一見東照宮の敷地にあるのに、実はそれが輪王寺の所属であるというような状況が生まれたのだ。

東照宮の看板

現在も輪王寺のウェブサイトにある境内図を見ると、輪王寺の物件は黄色に黒文字で一つひとつ名称が書かれているが、東照宮所属の物件については何も書かれていない。五重塔ですら、一応絵は書かれているが名称さえ書かれていない。

他方、一見東照宮所属に見える薬師堂には、ひときわ大きく「鳴竜」と書かれている。そして、東照宮のサイトの境内図では逆のことが起きる。鳴き竜のことは全く書かれていない。薬師堂の所には「本地堂」とだけ書かれ、眠り猫と三猿がひときわ強調されるのだ。

「眠り猫」の看板

訪問者は、東照宮の拝観料に当然鳴き龍も含まれていると思うが、実は後者は輪王寺の所属であり、別料金を取られるので、拝観料を二重にとられたような印象を持つだろう。

さらに、かつては眠り猫を見るには、同じ東照宮でも別料金であったりしたため、ますます複雑だ。

二社一寺の共通拝観券も作られたが、現在東照宮のウェブサイトでは共通拝観券に関する記載はない。そして輪王寺のサイトには「諸事情によりしばらくの間、販売を停止しております」とあり、問題の根深さがうかがえる。

 

寺社参詣の面白さと難しさ

日本では、寺社は長い間、旅の重要な目的地であった。伊勢参りに関してしばしば言われるように、寺社への旅は巡礼と観光が融合した実践であった。目的地は聖地であるが、その過程では各地の名所を回ったり、各地の名物を味わったりする。

見方を変えれば、目的地である寺社は旅に出るための口実であったかもしれない。この宗教と世俗の融合状態こそが、寺社参詣の面白さであり、また難しさでもある。

極端な話、文化財として寺社を保護保存するためであれば、完全非公開が最上だ。

だが、それでは寺の維持はもちろん、文化財保護のための財源も獲得できなくなる。何よりも、完全非公開とすることは、宗教施設としての寺社のあり方も損なう。

そこで、保護のために公開するのだが、今度はそれによって文化財が傷つけられるというジレンマに直面するのである。

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