世界遺産の寺社で次々「拝観料値上げ」が起こる複雑な事情

財源確保の問題だけではない
岡本 亮輔 プロフィール

1936年には「信仰ハイク社寺券」というものが売り出されている。主に関西の寺社を対象にしたもので、たとえば目的地として高野山金剛峰寺を選ぶ。

すると、社寺券に内陣・金堂・宝物館拝観35銭、宿坊宿泊2円70銭、食事1円20銭などが含まれ、全体として2割程度安くなるのだ。宿泊と食事はさておき、内陣や金堂といった聖地の中枢の拝観のための料金もディスカウントされたのである。

現在でもそうだが、拝観料を徴収するのは関西の有名寺社が中心だ。京都・奈良が古くから古都として観光対象であったためだろう。

関東で最初に拝観料をとったのは恐らく鎌倉大仏だ。1955年、境内入口の仁王門で10円の拝観料をとることが決定された。

それまでも、鎌倉大仏には拝観料をとるシステムはあった。大仏内部に入る体内拝観だ。

 

だが周知のように、奈良とは異なり、鎌倉大仏は屋外にある。そのため、年間300万人を越す観光客がいたが、ほとんどは体内拝観をせず、無料で外から大仏を眺めて帰ってしまっていた。

その結果、境内整備や池の改修にも事欠くようになっていたため、仁王門での拝観料徴収が決められたのである。

しかし、境内入場料は関東では前代未聞であった。鎌倉市観光課は京都や奈良では普通だと理解を示しつつも、これによって「鎌倉観光の評判を落としたくない」とコメントしている。

拝観料は当然のものとは見なされていなかったし、宗教的寄付というよりは、世俗的入場料というニュアンスでとらえられていたのだろう。

〔PHOTO〕iStock

1950〜60年代の観光税と拝観料批判

1950年代中頃、超有名寺院の住職が拝観料を使って祇園で遊んでいた、宗派の秘宝を持ち出し換金したといったハードなスキャンダルも生じ、拝観料をとる有名寺社への風当たりが強くなる。

そうした中で問題化したのが観光税の導入だ。

これは、奈良・京都・日光などの有名寺社の拝観料に数十円程度上乗せし、奈良市では5000万円、京都市では1億円、日光市では2500万円の税収を確保し、それを観光客対策などの財源にしようとした時限税だ。

拝観料そのものへの課税ではない。納税するのは観光客であり、寺社はあくまで特別徴税義務者と位置づけられた。

しかし、「信仰への課税」という点から寺社は猛反発し、一部の寺院は拝観謝絶し、金閣寺・銀閣寺・清水寺など一部の寺院は無料拝観にするといった「拝観ストライキ」に発展した。

観光税への反対は寺社以外からも出た。たとえば修学旅行を管理する中高教員からである。

長野県教育委員会は、観光税をとる社寺を修学旅行コースから外すことを決定した。理由は、全国民のものである史跡を一部自治体が私有視して課税するのは教育的に不適切であり、親の負担も増すからだ。

観光税をきっかけに、「文化財や史跡は誰のものか」という議論も生じたのだ。

ただ、「文化財は個人やその土地のものではない」という見解は、地域の主体性や着地型観光が強調される現代の意識とは必ずしも重ならないだろう。

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