『万引き家族』の是枝監督が「入浴シーン」を撮り続ける深い理由

「風呂の水」は血よりも濃い
伊藤 弘了 プロフィール

『そして父になる』の入浴シーンは、まずはこの二つの家庭の違いを印象づけるような働きをしている。

慶多(野々宮家で育てられたが、血がつながっているのは斎木家)と琉晴(斎木家で育てられたが、血がつながっているのは野々宮家)の取り違えが発覚して以降、二つの家族は子どもを交えて頻繁に会うようになり、やがて子どもをそれぞれの家に泊まらせる段階へと進んでいく。

良多(福山雅治)の家では子どもは一人で風呂に入るように躾けられており、琉晴が泊まりにきた際にもそれが踏襲される【写真2】。息子に対して、強く威厳のある父親像を保とうとする良多は、その実、子どもとの関係をうまく築くことができない、不器用な父親なのである。

【写真2】『そして父になる』、是枝裕和監督、2013年(DVD、アミューズソフトエンタテインメント、2014年)

一方、もう一人の父親である雄大は普段から子どもたちと入浴をともにしており、慶多が泊まりにきたときにも一緒に風呂に入っている。このシーンで子どもたちと戯れる雄大(リリー・フランキー)は、撮影を忘れて本気で楽しんでいるようにさえ見える【写真3】。

【写真3】『そして父になる』

雄大は慶多とすぐに打ち解け、親子然とした振る舞いができるようになるが、子どもとの接し方がわからない良多は琉晴との距離をうまく縮めることができない。

最終的に子どもを交換するという段階になっても、琉晴は育ての両親を恋しがり、ついには良多とみどりのタワーマンションをこっそり抜け出して電車で斎木家へと帰ってしまう。

こうした両家の親と子の親密度の違いが、子どもと一緒に風呂に入ることができるかどうかという点に端的にあらわれているのである。

浴室が家族間の親密さをあらわす例は、『誰も知らない』(2004年)や『歩いても 歩いても』(2008年)、最新作の『万引き家族』(2018年)といった他の是枝作品にも見られる。

 

『誰も知らない』は、母親に見捨てられた腹違いの四人の兄弟姉妹のサバイバル生活を描いた作品である。この映画には長男(柳楽優弥)と次男(木村飛影)がともに湯船に浸かってくつろいでいるシーンがある。

やがて母親が残していった生活費は底を尽き、水道が止められ、公園での生活を余儀なくされる彼らには、もはや温かい風呂に入るという贅沢は許されなくなる。

生活が苦しくなると、長男と次男のあいだで衝突が起こるようになるのだが、それは、二人が一緒に風呂に入って親密な時間を過ごせなくなった結果であると言っては穿ちすぎだろうか。