中国雲南省・高黎貢山のユンナンアジサイ(筆者撮影)

梅雨の風物詩「アジサイ」は、実は生物学的に謎だらけだった

えっ、これもアジサイなの?

意外といろんな仲間がいる

今年も梅雨本番となりました。梅雨の花といえば、アジサイですよね。

私たち日本人に身近な園芸植物のほとんどは外国からの導入種ですが、4月には、サクラ(ソメイヨシノ)が数少ない日本原産の植物であることを紹介しました。アジサイもソメイヨシノと同じく、そうした稀有な例の一つです。

全国にはたくさんのアジサイ愛好家がいますし(そんなこと初めて聞いた、という読者もいるでしょうけれど、本当に多いのです)、愛好家でなくともほとんどの人は、美しいアジサイを見ると、春から夏への季節の変化を実感するでしょう。アジサイの栽培法に関する書籍もたくさん出版されています。

しかし驚くべきことに、というか、これほど身近な存在であるにもかかわらず、生物学的な立場から見た「アジサイとはなにか」という疑問に応え得る先行文献は、ほとんど存在しません。

 

愛好家の中には、野山から野生のアジサイを採取し、自宅の庭に植えて楽しむ人もいます。鑑賞のために必要となる「見掛けの変異」にもとづいた品種名は膨大につけられているのに、系統的分類は、全くと言っていいほど手付かずのままなのです。

日本の人里でよく見かける「園芸植物としてのアジサイ」は、アジサイ属のごく一部にすぎません。アジサイ属の中には、園芸アジサイの原種のヤマアジサイ(ガクアジサイ)やその近縁種のほかに、類縁の遠く離れた、けれども外観はヤマアジサイにそっくりな種(例えば中国の山野で普通に見られる「アスペラ」と呼ばれる一群)なども含まれます。

逆に、見た目が全く異なるので、これまではアジサイとは見做されていなかった、イワガラミバイカアマチャジョウザンなども、アジサイの仲間です。

ベトナムで撮影したアジサイの仲間「アオメコンテリギ」
中国広西壮族自治区で撮影したヤナギバハナアジサイ

もちろん人間の都合とは関係なく、野生のアジサイははるか昔から存在し、現在も山の中に慎ましく生えてきました。愛好家以外にはほとんど知られることもない植物たちですが、世界には20~100種ほど(研究者ごとに種の数え方が大きく異なる)が分布しています。

私たちが親しんでいる、園芸植物としてのアジサイの由来については、ご存知の方もいるかもしれません。基となったのは、日本本土に広く分布するヤマアジサイのうち、伊豆諸島周辺地域産の集団です。興味深いことに、ソメイヨシノのルーツが伊豆諸島周辺地域産のオオシマザクラであることと共通しています。

ただしアジサイの場合、野生-改良-普及が国内で完結しているソメイヨシノとは、成り立ちがかなり異なります。

日本→中国→ヨーロッパ→日本

まず日本産のアジサイは、古い時代に一度中国に渡ったようです。やがて中国で園芸植物として親しまれるようになり、現地の文化に溶け込んで地位を確立しました。もちろん中国で栽培されたアジサイは日本にも持ち込まれたと思われますが、あまり注目されることもなく、積極的にアジサイを栽培しようと考えた日本人はほとんどいなかったようです。

18世紀の末、アジサイは中国からヨーロッパに紹介され、そこで積極的な改良がなされて、多様な改良品種が誕生しました。欧米では、園芸植物は大きくてカラフルで派手であればあるほど好まれます。そうして日本起源のアジサイは、豪華絢爛に変身して里帰りしたというわけです。

ここで、アジサイの「花」について簡単に説明しておきましょう。手毬のような形をした、一般にアジサイの「花」とみなされている部分は、花の集まりで「花序」と言います。それを構成する一つ一つは、花ではありません。いわゆる一般のアジサイには、花がないのです。

ご存知の読者も多いかもしれませんが、花に見える3~5枚の花弁のようなものは、花の外側のガク片に相当するいわば偽の花で、「装飾花」と呼びます。小さくて目立たない本物の花の周りに、花粉を媒介する虫を引き付ける目的で、大きくて目立つ偽の花が形成されました。その部分を人間が改良して強調し、やがて本物の花のない、偽物の花だけを持つ園芸植物のアジサイが出現したわけです。

ただし園芸アジサイにも、野生のアジサイと同様に花序の周りに装飾花、中央部に本物の花の集まり、という構成のものもあって、これらは「ガクアジサイ」と呼ばれています。ヤマアジサイの一地域集団である伊豆諸島周辺の野生ガクアジサイと一応は同種ですが、園芸種のアジサイとガクアジサイは、もともとはこの野生のガクアジサイに由来する植物です。

アジサイの中央部に集まる小さな本物の花は、正常花(生殖機能がある)、中性花(一つの花の中に雄しべと雌しべが共存する)などと呼ばれます。生物学的な分類上は、この部分の構造比較がとても重要ですが、園芸植物としてのアジサイにおいては、ほとんど顧みられることがありません。分類上は全く無意味な「偽の花」である装飾花の色や形を、より魅力的なものにしようと、人間は努力を重ねてきたのです。