よいお金儲けの条件とは?~日大アメフト問題と経済思想史

~『はじめての経済思想史』から~
中村 隆之 プロフィール

こうしたお金儲けには、努力が必要である。

何を提供すればお客さんが喜ぶかを考えなければならないし、よいものを提供するために技術を磨かなければならない。また、お客さんに買ってもらうためには、誠実な商売人であると認められるように、日々精進しなければならない。

こうした努力が実を結んで、お金という価値で評価される。市場は、そういうフェアな評価の場でなければならない。

 

だから、スミスにおけるお金儲けの肯定は、条件付きのものである。市場がフェア・プレイの精神を持った人びとにより繰り広げられること、つまり市場がフェアな競争の場になることが、その条件なのである。

言い換えるなら、それはお金儲けをする人びとが社会と向き合う心を失わないということ。心を失った人ではなく、「人間」がプレイヤーであるということだ。

富の所有者が主役から降りていく

さて、このスミスの条件は、簡単に満たされるものではない。お金儲けはいとも簡単にフェア・プレイの精神から外れ、他者を傷つけてでも儲けるという活動に変わってしまう。

例えば、産業革命が進行する19世紀のイギリスでは、炭鉱労働や工場労働においてフェアな賃金を支払わず、低賃金でこき使って儲けるようになった。

この労働者階級の貧困にどう対処するかが、J.S.ミルやマーシャルの経済学であった。スミス以降の経済学は、スミスの条件が満たされない現実にどう対応するかというかたちで展開されたのである。

また、20世紀には、庶民が豊かになり、貯蓄をしたい人は多いが、自分で事業を展開する意欲を持っている人は少ないという状態になった。そこで、貯蓄されたお金を運用する「金融」活動が、社会を豊かにするお金儲けになっているのかを問い直す、ケインズの経済学が生まれた。

ジョン・メイナード・ケインズ photo by iStock

このようにスミスを起点に経済学の大きな流れをとらえるとき、注目すべきは富を持っている者の位置づけである。

スミスは、富を持っている人がお金儲けを追求することを、フェアな自由競争が働いている限り、肯定的にとらえた。

資本を持っている人がもっとも儲かる産業分野に投資することで、人びとの欲するものの供給を後押しすることになり、社会全体を豊かにするからである。

だが、富を持っている人のお金儲けは、より多くを稼ごうという側面が強くなりがちで、社会と向き合う心から離れる傾向がある。

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