米朝会談 「合意文書」はこう読めばすべてが理解できる

国際政治学者が分析する
篠田 英朗 プロフィール

「朝鮮半島の平和体制」の確立の際、もちろん北朝鮮の「体制保証」も達成されるだろう。

しかし北朝鮮の「体制保証」は、「朝鮮半島における平和体制」という概念に含みこまれることによって、直接的に「取引」材料とはみなされない。

「朝鮮半島における平和体制」は、核放棄の見返りの報酬として北朝鮮に与えられるものではなく、より広い公共利益として提示される。

逆に言えば、今後は、「朝鮮半島における平和体制」という包括的概念の中で、核放棄に見合う実質を持ったオファーがなされることになる。経済支援や開発投資などのインセンティブ・ファクターが示されるだろう。

実際、トランプ大統領は、金正恩氏にも見せたという動画を記者会見でも紹介し、経済発展する北朝鮮の未来図をビジュアル化して示してみせた。天然資源が豊富な北朝鮮の開発に、トランプ大統領は少なからぬ関心を持っていると言われる。

北朝鮮の実質利益が見える形で、そして「体制保証」につながる形で、「朝鮮半島における平和体制」の構築が進められることになる。

〔PHOTO〕gettyimages

重要なことに、トランプ大統領は、初会談の段階で、米韓合同軍事演習の中止というカードを切ってきた。

記者会見において、「お金を節約できる」という理由に加えて、そもそも演習は「挑発的だ」と描写して中止を明言したことは、米国大統領としてかなり踏み込んだ態度だったと言ってよいだろう。

トランプ大統領が、北朝鮮の「安全の保証」にコミットしていることを、わかりやすく伝える重要なシグナルであった。

記者会見では、在韓米軍の規模を縮小させるのか、という質問に対して、トランプ大統領は、「それはない」と否定した。

ただし大統領選挙戦中に在韓米軍の撤退を主張していたことを参照し、自分はいつか米兵を祖国に戻したいと思っている、ということも強調した。

そのうえで、在韓米軍の問題は、今は同じ次元にはない(not part of the equation right now)、という言い方をした。

これも米国大統領として、機微にふれる発言であったと言える。

 

トランプ大統領は、在韓米軍の縮小は、同じ次元の問題ではない、つまり「取引」材料ではない、と主張した。ただし、将来的には、在韓米軍を撤退させたいという希望を持っている。

つまり「取引」材料ではないにもかかわらず、将来の「朝鮮半島における平和体制」確立のあかつきには、在韓米軍撤退も起こりうるということだ。

もし在韓米軍の縮小・撤退が、「同じ次元」で論じられてしまったら、「非核化」に大きな対価が用意されていることになり、交渉は大きな問題を抱え込むことになる。それは交渉当事者が言ってはならないことだ。

だが、そうだとしても、在韓米軍撤退のビジョンが、金正恩氏にとって非核化を進めるための強力なインセンティブになる。

在韓米軍の縮小・削減こそが、「体制保証」の核心的な問題である。

トランプ大統領は、その問題が「取引」材料となる可能性を否定しながら、同時に、将来の縮小の希望を示し、まずは米韓合同軍事演習の中止という具体的な措置もとった。交渉者の態度として、非常に計算されたものだったと言えるだろう。