金正恩が警戒する「120万朝鮮人民軍の軍部クーデター」

実は留守にするのが心配で仕方なかった
近藤 大介 プロフィール

何が起きるか分からない

金委員長とて、ムチだけを振るっていても、北朝鮮最強集団の120万朝鮮人民軍を統治できないことは、百も承知だ。

そこで米朝首脳会談が決まって以降、急遽、国を挙げて取り組み始めているのが、元山葛麻海岸観光地区の建設だ。日本海側にある港町・元山で、象の鼻のように伸びている葛麻半島全体を、巨大なリゾート地に変えようという計画なのだ。

5月14日付の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』に、初めて4本の関連記事が出た。

〈元山葛麻海岸観光地区の総敷地面積は数百万平方メートルで、延べ建築面積は数十万平方メートルに達する。40里の海岸に沿って、ホテルとキャンプ地、民泊施設など、数百棟を建設する。

建設現場にやって来た朝鮮人民軍の軍人たちは、東海岸の名勝地に、時代を代表する記念碑的建築物を建てる闘争に対して、大衆的英雄主義と愛国的献身性を高く発揮しているのだ〉

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元山の海岸沿いに数百棟のリゾートを、軍人たちが建設中だというのだ。

続いて、5月26日付『労働新聞』には、金正恩委員長が工事現場を現地視察し、満面の笑みを浮かべている写真と記事が掲載された。

〈敬愛する最高領導者同志(金委員長)におかれては、元山葛麻海岸観光地区を、この世に二つとないわれわれ式の海岸都市に作りかえ、わが人民が最上の文明を最高の水準で享受できるようにすることは、党の決心であるとした。

そして、この建設を、来年の太陽節(4月15日の金日成主席誕生日)までに竣工することを指示された〉

さらに6月5日付『労働新聞』に、三たび関連記事が載った。今度は海岸一杯に、数万人の軍人が整列している写真も添えられていた。

〈敬愛する最高領導者・金正恩同志の現地視察でのお言葉を高く掲げて、元山葛麻海岸観光地区建設を、来年の太陽節までに、最高水準で竣工するための軍民決起集会が4日、現地で挙行された〉

この降って湧いたような軍を挙げてのリゾート建設について、平壌駐在歴がある中国の元外交官が解説する。

「金正恩委員長は、カジノ経営者でもあるトランプ大統領に助力を要請し、元山に大型カジノを建設して、中国人や韓国人観光客を呼び込もうとしているのです。そしてその利権を朝鮮人民軍と分け合うことで、軍を懐柔しようとしています」

 

だが、この元外交官は、金正恩委員長の策略はハイリスクだと指摘する。

「中国は40年前に、鄧小平が改革開放政策を始めました。それは、アメリカとの国交正常化、沿岸部の経済特区設立、農村部の生産請負制を、順番に時間をかけて行い、その上で慎重に軍人削減を断行していった。

ところが金委員長は、これら4つを一気呵成にやってしまおうとしている。そんなことをしたら、朝鮮人民軍が反乱を起こす可能性が高まる」

金正恩委員長にとって当面の心配は、シンガポールに行っている間に、北朝鮮で「有事」が発生することだったという。

「南北首脳会談を4月と5月に2度行った文在寅大統領は、そうした『北朝鮮リスク』を減らすため、自らもシンガポールに赴き、3ヵ国で『朝鮮戦争終結宣言』を出すことを、米朝両首脳に提案しています。

国際社会が金正恩委員長をバックアップしていく姿勢を、北朝鮮国内にも見せつけることで、北朝鮮をソフトランディングさせていこうという狙いです」(在ソウルジャーナリスト・金敬哲氏)

何が起こるか分からない緊張状態は、いまも続いているとみるべきだろう。

近藤大介(こんどう・だいすけ)
中国・朝鮮半島取材をライフワークとする。

「週刊現代」2018年6月23日号より