歴史を忘れ去り、言葉を「凶器」として使う時代をどう生きるか

うつを体験した元・歴史学者の「遺言」
與那覇 潤 プロフィール

「萌えキャラ化」する偉人たち

――つまりこの10年ほどで、歴史の「物語」が必要とされなくなり、一般人にとっての歴史のイメージがどんどんキャラクターゲームのようになっていった。歴史学者はそうした現状を認識し、何らかの手を打つべきではないかということですね。

與那覇:そうですね。私がメディアで発言できるきっかけになった『中国化する日本』(2011年刊、現在は文春文庫)という本は、通年で行っていた授業の講義録ですが、とにかく自分にできるすべてを総動員して、もう一度「キャラクターではなくストーリーとしての歴史」を、再現しようとしたものでした。

学者をやめたおかげで、ようやく本音をお話しできるのですが、「キャラ萌え」的な歴史受容の台頭には坂本龍馬を英雄化した司馬さんだけでなく、プロの学者にも責任があるんです。

すごく単純化していうと、戦後の学界を席巻したマルクス主義の歴史学は、いわば「キャラなし史学」だったんですね。社会構造や階級関係で、歴史の流れは必然として全部決まっているから、その時の天皇や総理大臣がだれか、なんて大して重要じゃない。「しょせん彼らは支配階級の操り人形にすぎず、やがて打倒されるべき運命にあった」とされるわけです。

 

大雑把にいうと、おもに文学部系の歴史学でこうしたマルクス主義の力が強く、それに対抗するアンチテーゼとして、法学部系の政治史の講座などで「そうではない。やはり個々の政治家のパーソナリティや、時代を動かすリーダーシップの役割は大きかった」とする歴史観が紡がれていった。

日本近代史でいえば、伊藤博文・原敬・吉田茂あたりでしょうか。萌えている歴女が多い白洲次郎は、本来は「吉田茂の偉大な決断が戦後日本を作った」というストーリーがあって、初めてスポットがあたる人物ですね。

両者の均衡が取れているうちはよかったのですが、平成の初頭に冷戦構造が崩壊して、マルクス主義史学というのは基本的に潰れるのです。結果として、本来は彼らとの拮抗関係において意味を持ったはずの「偉人史観」が歴史ファンのあいだで「勝ちすぎて」しまったと、私は感じていました。戦前の二宮金治郎(尊徳)以来、偉人伝の形式をとった方が、ビジネス書の世界では影響力を発揮しやすいですしね。

しかし、あとは「萌える」イラスト化が続けば、それらはもうストーリーである必要性を失ってしまう。

『中国化する日本』で試みたのは、中国化へ向かう「流れ」、その反発で江戸時代化へ向かう「流れ」という、社会的なストリームこそが歴史を動かす主役であって、たとえば後醍醐天皇だとか田中角栄だとかいった人びとが覇権を築くのは、そうした流れに「うまく乗った」だけなのだと。

そういう形で、もういちど「キャラなし史学」を復興する目論見だったんです。お一人、先輩の歴史学者に見抜かれたのには、脱帽するばかりでしたが…。

そしてそれは、遺憾ながら成功しなかった。じっさい、授業に途中から来なくなった学生に笑顔で言われましたよ。「先生の授業も続き、すっごい楽しみだったんですけどぉ、でも、同じ時間に陰陽師の授業があるんですよーっ!」って(苦笑)。

――夢枕獏さんですね(笑)。つまり、サブカルチャーの世界ですでに人気のキャラクターについて、フレーバーとしての関連知識を知りたくて歴史の学科に来ているのであって、「歴史観」に興味はないと。

しかし当時から現在に至るまで、そうした「歴史のキャラクター消費」は花盛りを迎えています。ゲームの『刀剣乱舞』や『艦隊これくしょん』シリーズはその文脈で捉えられますし、マンガ・アニメでは現在『文豪ストレイドッグス』も人気ですね。
 
與那覇:私のエッセイも、その『文スト』を叩くものだとみなされてファンを怒らせたのが、炎上のはじまりだったらしいですね。いや、不快にさせたことは謝りたいのですが、本当は私、作品のコンセプトを知ってすごく期待していたんですよ。

キャラ化された文豪どうしのバトルマンガなら、たとえば「自然主義のやつらって、世の中を観察するだけで自分はなにもしないのかよ!」とか、「白樺派とプロレタリア派、ほんとうにこの世界を救えるのはどっちなんだ!」とか、歴史(文学史)を踏まえたストーリーを作ることが十分可能だと思うし、それって素敵なことだと思ったんです。

ところが、そんな「物語としての歴史」にはもうニーズがないから、『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラや「スタンド」の名前が洋楽の人名・曲名からから来ているように、国語便覧から文豪や代表作の「名前だけ借りておく」形になった。まさしく「ストーリーからキャラへ」が、実際の歴史におよぶことの証明ですね。

そうしてまずマンガで燃えた次に、「與那覇のエッセイは、物語重視だった研究者による、実証史学への批判ではないか」という二段目の炎上が続いたようですが、私は学者として、実証史学を批判したことは一度もありません。『中国化する日本』でも、あくまでもそうした諸研究の成果を借りたもので、自分の発見ではない、と明記しましたから。

ただし――これも職場を辞めたおかげで本当のことが言えるけど、「教育者」としては、「実証史学者ってどうなんだ」という気持ちをずっと持っていたのは事実なので、それが伝わったのかなとは思います。

たとえば実証をやっている先生が、学生に古文で書かれた昔の史料を見せたり、場合によってはお寺なんかに連れていって、本当に生の原文書に触れさせる。もちろん大学院に進んで研究者を目指すような子にとっては、貴重な第一歩でしょう。でも、それ以外の大多数の学生は、そこでなにをしているんですか? という話です。

ストーリーのない、単なる「キャラの集合体」としてしか歴史が享受されない現在では、それは単なる「究極の萌えアイテム」に触れさせていることにしかならない。

そこが見えていない人たちが、「どうして世間では、『日本すごい本』のようなエセ歴史書ばかり売れるんだ、けしからん」といくら言おうと、世の中は変わりません。「公文書の管理!保存!」とだけ叫んでいても、次はもっと巧妙化した「バレない森友問題」が起きるだけで、なにもよいことは起こらないのと同じです。

もう一段深いところにある、歴史の無効化・壊死という問題に気づいてほしい。それが、歴史学者としての私の最後の遺言です。