アラフィフになって直面する「白髪、染めるか染めないか問題」

白髪のままにするグレイヘアが急増中
米澤 泉 プロフィール

ロマンスグレーはモテるけど

男性にはそこまでの逡巡はないだろう。30代に入り、白髪がちらほらと目立つようになっても慌てることなく、そのままの姿で四十路や五十路を迎える人も多いのではないだろうか。男性の白髪は時に、ダンディーで落ち着いた雰囲気や余裕さえ感じさせることになっているからである。

なぜ、男性の白髪に世間は寛容なのか。なぜ、ロマンスグレーなどと言われて持ち上げられるのか。ロマンスグレーとは、1954年に飯沢匡の小説をきっかけとして流行した言葉だそうだが、単に中年男性の白髪まじりの頭髪を意味するだけでなく、そのような髪をした、女性にとって魅力のある中年男性を指すとされる。

つまり、白髪まじりであれば誰もがロマンスグレーと呼ばれるわけではないということだ。「ロマンス」が付くためには、経済力や包容力といった「魅力」が必要なのである。

とはいえ、白髪には、男性の魅力とされるものが詰まっているのは確かである。経済力、包容力はもちろん、成熟、知性…そう、白髪は知的イメージを醸し出すのである。

だから、インテリ系知識人やそれを目指す男性は、大抵白髪まじりの髪を隠すことなく、むしろ誇示している。古くは、鳥越俊太郎。伊集院静。坂本龍一。ロマンスグレーのインテリ系著名人は枚挙に暇がない。

Photo by GettyImages

それにひきかえ知性を感じさせる「グレイヘア」の女性は少ない。「グレイヘア」の先駆けは加藤タキや落合恵子などのジャーナリスト系か。あとは、パリ仕込みの島田順子などファッションデザイナーの女性たちぐらいである。

女性には、男性のような「知」が求められてこなかったからか。女性の魅力とされてきた若さや美しさ、華やかさと白髪が結び付かなかったからだろう。

結婚するときには、「共白髪まで」などと言うくせに、いざ白髪になってみると男性と女性ではぜんぜん違う意味合いが与えられてきたのだ。ロマンスグレーとただの白髪。ポジティブ白髪とネガティブ白髪。年齢を重ねるごとに男女の差異、いわゆるジェンダーの非対称性というやつが浮き彫りになるわけである。

男性は白髪になればなるほど、ロマンスグレーと呼ばれモテるのに対し、女性は白髪になればなるほどロマンスの対象から外れていく。年配の男性と若い女性との不倫や年の差婚が横行するのもそのあたりに理由があるのだろう。

だが、時代は変わってきている。髭を永久脱毛するジェンダーレス男子や腹筋を自慢する筋肉女子が耳目を集める現在、従来の男らしさや女らしさも揺らいでいる。外見的なことだけではない。男性たちは『男がつらいよ』(田中俊之)とぼやきだし、女性たちは「好きに生きてこそ、一生女子!」などと言い始めた。

包容力や経済力や知性が男性の魅力であった時代も過去のものになろうとしている。ロマンスグレーもそのうち死語になるかもしれない。長らく男性の魅力の記号であった白髪もまた「グレイヘア」として、その意味合いを変えつつあるのだから。

現在「グレイヘア」を積極的に楽しんでいるのは、60代~70代前半の女性たちである。この世代はファッション誌『an・an』や『non・no』が創刊された頃に20代を過ごし、個性的なファッション感覚が身についている。ファッションで私らしさを表現することを学んだ第一世代であり、今までの「高齢者」とは違うという自負もある。

従来の若さや女らしさにとらわれず、でもオシャレ心を忘れたわけではない「グレイヘア」は、「私らしさ」の主張でもあるのだろう。

これからは、先輩たちに憧れたその下の世代が近藤サトのように「グレイヘア」に参入していくと思われる。均等法以降の経済力も包容力も知性も兼ね備えたオシャレな「グレイヘア」女性には、男性からの評価などいらないのかもしれない。

いや、逆に「グレイヘア」こそが、男性を惹きつける女性の新たな魅力になるかもしれない。いずれにせよ、「グレイヘア」の逆襲はまだ始まったばかりである。