1962年、東京五輪前の「第二次新書ブーム」をご存知ですか?

講談社現代新書の歩み 〈1〉
現代新書編集部 プロフィール

115万部に達する大ベストセラー

そして1967年、シリーズ最初の大ベストセラーが誕生した。

中根千枝『タテ社会の人間関係』(同年2月刊)である。刊行直後から増刷に増刷を重ね、2014年2月時点で123刷、115万部に達するという金字塔を打ち立てた。

他に同年刊行として、川喜田二郎『可能性の探検』、護雅夫『遊牧騎馬民族国家』、長洲一二『社会主義の新時代』などがある。

また67年刊行としては、見田宗介『現代の青年像』、三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』、金田一京助『私の歩いて来た道 金田一京助自伝』などがある。

1969年には、同年の川端康成のノーベル文学賞受賞を受け、その受賞記念公演「美しい日本の私」を新書化して刊行した(『美しい日本の私』)。

スウェーデンのノーベル財団に英文の電報を打って交渉し、わずか新聞1ページ分程度の分量を、活字を大きくし行間を広く取り、はたまたサイデンステッカーによる英訳も収めるという離れ業であった。

同年には西尾幹二『ヨーロッパの個人主義』、森三樹三郎『「無」の思想』、70年には秋月龍『道元入門』、小此木啓吾『エロス的人間論』などのロングセラーも刊行されている。

装丁を一新、四色刷りカバーへ

1971年、講談社現代新書は大きな劃期を迎える。新進気鋭のデザイナー杉浦康平を起用しての四色刷カバーへの装丁の一新である。

従来の新書には見られなかった、カラーによる斬新なデザインは読書界にセンセーションを巻き起こし、新装丁での第一回配本になった樋口隆康『日本人はどこから来たか』のベストセラー化ともあいまってシリーズ全体に弾みを付けた。

この頃から講談社現代新書は岩波新書、中公新書とともに「新書御三家」と称されるようになる。同年の刊行には板坂元『日本人の論理構造』、森毅『数学で何を学ぶか』などがある。

また注目されるのは、オイルショックの前年の1972年に早くもP・シアーズ『エコロジー入門』が刊行されていることである。これは、時代の転換を察知した担当編集者が原著の翻訳権をいち早く獲得して刊行にこぎ着けたものであった。

現在まで続く「バロック音楽ブーム」の立て役者、皆川達夫の『バロック音楽』が刊行されたのもこの年だった。

73年にも引き続き、木村重信『モダン・アートへの招待』、今道友信『美について』、金子史朗『アトランティス大陸の謎』、木村敏『異常の構造』などが刊行され、息の長い読者の支持を得ることになる。

第2回へつづく