震災で認知症が進行した祖母と家族の「失われない確かなもの」

『わたしのお婆ちゃん』を知っていますか
現代ビジネス編集部 プロフィール

悪態、暴言

祖母の介護を通じてもっとも強く感じたこと。それは「介護も結局、人と人とのコミュニケーションなんだ」ということです。「相手のことを知ること」「知ろうと努力すること」が大事なんだなと。

そういう部分では、母や私の頑張り方は、ちょっと間違っていたのかもしれない。介護する側もされる側も、お互いに辛かったんじゃないのかなと。そう思えるようになってからは、かなり気分が軽くなったような気がします。

すごく初歩的なことなんですが、「認知症」に関する本をいろいろ読んでみたのもよかったと思います。祖母はなぜあんな奇行に出るのか? それは多くの方に共通することなのか? 理由が分かれば対処法も見えてくるし、何より気持ちがホッとします。

認知症の人がおかしなことを言ったり、困ったことをしても、真っ向から正したり、やみくもに怒ったりせず、まず相手を受け入れ安心させてあげる。その方が負担が少なく、トータルではいい結果につながりやすい──。そういうことも見えてきました。また、認知症の方が書かれた手記なども、手当たり次第に読んで……。実際にそういう状況に置かれた人の気持ちを知ることで、目の前にいる祖母をより受け入れやすくなった部分も大きいと思います。

今にして思えば、本当に簡単で当たり前のことばかりなんですが、そのことに気付くまでに、私はすごく時間がかかった。繰り返しになりますが、在宅介護の日々はそんなことを考える余裕もなく……。仕事と介護で疲れ果て、目の前の事態に対処するだけでも、本当に精一杯だったんです。自分の経験をマンガにしようと思ったのは、この「もう少し早く気付いていれば……」の気持ちが大きかった。

もちろん認知症の介護に正解はありません。実際はそれぞれの家で事情も環境も違うし、症状だって千差万別です。私の描いた作品を見て「それは違うよ!」と腹を立てたり、「自分はそうしない」と感じられる方も、きっとおられるんじゃないかと思う。

 

このマンガはあくまで、私のお婆ちゃんの話です。

でも、読んでほんの少しでも気が楽になったり、「そういう視点があったのか」と思ってくださる人がいたら、すごく嬉しい。それもまた、正直な気持ちです。

ときには介護から逃げ出したくなるのも当然だし、そういうときは人に頼ってもいい。ぶっちゃけ、認知症の人に悪態を付きたくなることだってある。実際私は、祖母に思わず手を上げそうになって、自己嫌悪で死にたくなったりもしました。

そういう自分の経験を、マンガを通じて読者にも知ってもらえたらいいなと。私自身が認知症の祖母に対して、どう接してきたのか。逃げたり、怒ったり、泣いたり、笑ったりしたことを、マンガ的な見せ方はところどころ意識しつつもできるだけ正直に、包み隠さず描こうと思いました。

『わたしのお婆ちゃん』という作品は一応最終回を迎えましたが、現実の介護はこれで終わりではありません。祖母の症状はこれから進むばかりだろうし、経済的な問題だってあります。その意味では決して、ハッピーエンドの体験マンガとは言えないのかもしれない。でも描く前と描いた後では、何かが少し変わったとも感じます。

何をしたって後悔は残る。でも――

祖母にとっても、母と私にとっても、もっといいやり方があったんじゃないかという思いは、やっぱり強いです。母の望んだように、自宅でしっかり祖母の面倒を見つつ、仕事もある程度こなせれば、本当にしあわせだったとは思う。でも、当の母が言ったように結局「何をしたって後悔は残るし、どれだけやっても満足はできない」というのが、現実なのかもしれません。

大好きな祖母とずっと一緒に暮らせなかった後悔は、ずっと残ると思う。でも、ふとした瞬間に、私と母の選択は間違ってなかったと感じることもあります。

施設の人も良くしてくださるし、何より地元なので皆さん、方言を使うんですね。「あんら~トメちゃん、めんこい服着でっこだー」みたいな感じで(笑)。その土地で生まれ育った祖母には、それが優しく響くみたいで。笑っている時間が増えた気がします。祖母が本当にどう思っているかは分からない。でも、そういう笑顔を目にすると私もホッとします。たぶん、母も救われると思う。

変な言い方ですが、祖母が認知症になったことで、私は「世界には自分の知らない領域がこんなにも広がっていたんだ」って、本当の意味で気付かされました。「認知症」「アルツハイマー」についてはもちろん、介護を取り巻く社会状況や、そこで働いている人たちについても関心が向くようになったし、以前よりもほんの少しだけど、想像力がリアルに働くようになりました。

家族についてもそうです。これまで祖母は、私にとってはあくまで「お婆ちゃん」で、彼女が一人の女性としてどういう人生を歩んできたのかあまり気に掛けたことがなかったんですね。でも認知症をきっかけに、自分が生まれる前の祖母について、もっと知りたいと考えるようにもなりました。ほとんど“コミュ障親子状態”だった母との関係がマンガを通して少しだけ変わって、彼女が抱えていた思いを知るきっかけになったのは、さっき書いた通りです(笑)。

そして、もう一つ。とても強く感じること。介護の問題にしても、親子の問題にしても、描けば描くほど「結局わからない」「自分は何も知らない」と思い知らされる。その意味ではまだ全然描き足りないですし、これからもまた違った視点で認知症については描いていきたいと思っています。