震災で認知症が進行した祖母と家族の「失われない確かなもの」

『わたしのお婆ちゃん』を知っていますか
現代ビジネス編集部 プロフィール

漫画家生活と介護の両立、本当のこと

日中、祖母がデイケアのお世話になっている間にとにかくマンガの仕事を進めて。それでも終わらない場合は、申し訳ないけど祖母を母に任せて、自分は図書館に逃げ込んでネームを考えたり下書きをしたりしてました。最初は、祖母が寝ている深夜から早朝の時間帯なら大丈夫かなとも思ったけれど、20分おきに起きたりするので、全然ダメだった(笑)。結局、ひたすら自分と母の体力と精神力を削りながら、介護と仕事を無理くり両立させてた感じです。それで「この生活は長くは続かない」「このままじゃ本当に全員共倒れになってしまう」と、そう思うようになったんです。

結局、介護に締め切りはない。終わりが見えないからこそ、余計に追い詰められる感もあったんだと思います。無意識に祖母の寿命を逆算している自分に気付いたときは、心底嫌気が差しました。

介護って、もちろん実際の介助作業も大変ですが、実は自分を責めてる時間が一番辛いんじゃないかとも思うんです。「なぜこれぐらいのことができないんだろう」とか。「こんなこと考えてしまうなんて、自分ななんて勝手で親不孝な人間なんだろう」とか。母は特にそういう「自責の念」を背中いっぱい背負ってる感じでした。

 

距離感の遠い母との二人三脚

うーん、母について話すのは難しい(笑)。昔から微妙に距離感がありましたし、正直、今でもそんなに本音をぶつけ合える関係でもないような気がします。実は私、母のことを一度も「お母さん」と呼んだことがないんです。母も、私の名前(本名)を呼んだことがない。「あなた」とか「ねぇ」とか、お互いそんな感じです。

マンガでは「責任感が強く、クールで、ちょっとニヒル」みたいなキャラクターとして描いている部分もありますが、それはあくまで私から見た“母ル”像。実際は母にも(もちろん祖母にも)人格がありますし、祖母の介護について、彼女が本当のところどう思ってたのか私には分かりません。

でも自分の目に映った母をマンガのキャラクターとして登場させ、自分なりに気持ちを想像してみたことで、得られたものはあったような気がしています。それがどこまで当たってるかどうか、母に直接確かめたことはまだないんですけれど(笑)。

祖母の介護への使命感は、「離婚に負い目がある」というのも、理由の一つだとは思います。「あんたを連れて(実家に)出戻って、一緒に住んでた親の面倒も見られないなんて、私の人生、何も成し遂げてない気がする」って、一度ポツリと漏らしことがあるので……。「え、そんなこと思っていたんだ」と、ちょっと驚きました。

家族神話“という呪い

「人に頼るな」とは、祖母も口癖のようによく言っていて、もはや我が家の家訓的なものなのかもしれず……(笑)。母も祖母に似て頑固で意地っぱりですし、やっぱり「頼る=良くない」という思い込みはあるのかもしれないですね。

世間的にも「施設に預けるなんて可哀想」「在宅介護が一番幸せ」「最後まで家族で面倒を見ることが愛情」という“家族神話”は、まだ根強くありますし。施設のお世話になるのに最初抵抗があったのは、自分たちの中にもそういう思い込みや、空気みたいなものの影響が、実はあったのかもしれません。

さっき、母が「私の人生、何も成し遂げてない気がする」と呟いた話を書きました。でも私からすれば、「自分をここまで育てあげて、震災で津波に呑まれながら婆を水中から引っ張り上げ、婆の望み通り家を建て直した直後ステージ3の子宮体がん(リンパ節転移)が見つかっても大手術と抗がん剤治療を克服して、今は必死に一人で婆の在宅介護を続けていて……もう、十分じゃねえか!!」(笑)と。

何かの賞を獲るとか、幸せな家庭を築き上げるとか、そういうのが母の思う「成し遂げ」なのかもしれないけど、そんなことはないと私は思います。それよりもまず、こんなに母を思っている娘がいることに気付いてほしいなと(笑)。母は私のマンガも読んでないし、このインタビューも絶対読まないので伝わらないと思いますが……。

でも、以前ある専門医の方が「認知症の家族を持つと家庭の問題が浮き彫りになります」と仰ってたんですね。それは本当にそうだと思う。もしも祖母が認知症にならなかったら、ここまで母の本音を聞くことはなかったかもしれないなと。

私も母に似て、自分の内面を言語化するのが下手だし。話すことも苦手なので対話を避けてきたけれど、祖母が認知症になったことで向き合わざるをえなくなった。母には「頑張って私や親戚、外部の人(ケアマネさんなど)も頼っておくれ」と何度も伝えました。

最近はようやく、一人で背負ってたものを、少しずつ分けてくれるようになったと思います。