震災で認知症が進行した祖母と家族の「失われない確かなもの」

『わたしのお婆ちゃん』を知っていますか

「婆といっしょに死のうと思うの」

宮城の実家に帰省した際、母がただごとではないことを口にした。一家の大黒柱で、東日本大震災で流された家を再建し、ガンも克服した母。その母がらしかぬことを口にした理由。それは祖母の認知症が理由だった。

祖母の認知症介護をポップかつ赤裸々に描いた『わたしのお婆ちゃん 認知症の祖母との暮らし』著者であるニコ・ニコルソンさんに、介護生活、そして家族の話をしてもらった。

震災で家を流されたことより辛い!

津波で実家が流された経験をもとに『ナガサレール イエタテール』(2013年)というエッセイマンガを描きました。東日本大震災という大きな出来事を自分なりに受け止めて折り合いを付けるには、他に方法を思い付かなかった。子どもの頃からずっと、当たり前のように家族のエピソードをマンガに描いて友達に見せてたこともあって、私にとっては一番自然だったんだと思います。

 

でも本音を言うなら、震災後に進んだ祖母の認知症の方が、私にはもっと辛くて苦しかった。家族が(アルツハイマー型の)認知症になることで、自分や母の生活がこんなにも一変するなんて、想像もできなかった。影響の度合いでは、家が流されたときより大きかったかもしれません。

マンガにも描きましたが、うちは母親が働き手だったので、祖母が私を育ててくれました。ずっと愛情を注いでくれた大切な存在が、少しずつ別人に変わっていく様子を、すぐ近くで見てなくてはいけなかった。そのときに感じたしんどさは、震災後に受けた精神的なショックともまた質が違っていて……。要は、誰かと共有するのが難しい苦しさなんですね。

自分がその立場になって気付きましたが、家族が認知症になる大変さって、外からは見えづらい。祖母の場合も、当初は見た目も普通だったし、もともと“天然”っぽいキャラクターだったので……。ご近所の人たちも、婆が認知症であることにはほとんど気付いてなかったと思います。だからこそ余計に家族内で問題を抱え込み、どんどん悪循環へと陥っていく。

母は、婆を住み慣れた土地に戻すため、津波で流された家をもとの場所に再建しました。きっと母はその家で、自分の手で祖母を世話したかったんだと思います。でも実際には、それは難しかった。母も私も、自宅で祖母の面倒を見るのに疲れ果てて、最後は介護施設のお世話になる道を選びました。

そうなるまでには母と衝突したり、祖母の言動に振り回され傷付いたり、腹を立てて自己嫌悪に陥ったり……本当にいろんなことがありました。最初は認知症についてほとんど何も知らなかったし、もっといい接し方があったんじゃないかと悔やむ気持ちは今でも強くあります。

そういう、一人ではとても受け止めきれない、だけれど共有するのも難しい経験をしたとき、私にはやっぱり、それをマンガに描くのが一番自然だった。外に向かって表現することは単純にストレス発散にもなるし、読者に伝わりやすい構成やストーリーを考えることで、自分の置かれた状況を客観視できる側面もありました。

何より、当事者にとっては切実だったり深刻だったりするエピソードでも、マンガという手法を使えば多くの人に(言い方は悪いですが)軽い気持ちで読んでもらえるかもしれない。マンガなら言葉にできないニュアンスも、キャラクターのちょっとした表情ひとつで伝えられたりしますので。

祖母が認知症になるまで、私はアルツハイマーについて本当に何も知りませんでした。だから彼女の変化が本当に怖かったし、最初は祖母の気持ちになって何かを考えることもできなかった。そのせいで大好きなお婆ちゃんを傷付けてしまったこともあったと思います。

もし世の中に、私と似た境遇の人がたくさんいるのなら、自分の経験をマンガにして伝えることにも、何か意味があるんじゃないか。そういう気持ちもありました。きっかけと言えば、それがきっかけだったと今にして思います。