ダーウィン『種の起源』は実は神学書だった

「自然選択」の正しい意味を知っていますか?
更科 功 プロフィール

自然選択を発見したのはダーウィンではない

自然選択は2つの段階から成る。1つ目は、遺伝的変異があることだ。遺伝的変異とは遺伝する変異のことである。走るのが速い親の子供に、走るのが速い傾向があれば、それは遺伝的変異である。一方、トレーニングで鍛えた筋肉は子供に伝わらないので、それは遺伝的変異ではない。

2つ目は、遺伝的変異によって子供の数に差があることだ。走るのが遅い個体に比べて、走るのが速い個体に子供がたくさんいる場合などが、その例である。ここでいう子供の数は、単に生まれる子供の数ではない。生まれた後にどのくらい生き残るかも、考えなくてはならない。具体的には、親の年齢と子供の年齢を同じにして数えればよい。年齢は何歳でもかまわない。たとえば、親の数を25歳の時点で数えたら、子供の数も、25歳まで生き残った子供で数えればよいのだ。

【図】遺伝的変異

考えてみれば、自然選択なんて簡単だ。たとえば、走るのが遅いシカは、ヒョウに食べられて減っていく。そんなこと、誰だって気づくだろう。実際、その通りで、『種の起源』が出版される前から、生物に自然選択が働いていることは常識だった。それでは、なぜダーウィンが自然選択を発見したように思われているのだろうか。

【図】自然選択

実は、自然選択には2種類ある。安定化選択と方向性選択だ(細かく分ければ、もっと種類は増えるけれど)。安定化選択とは、平均的な変異を持つ個体が、子供を一番多く残す場合だ。たとえば、背が高すぎたり、反対に背が低過ぎたりすると、病気がちで子供をたくさん残せない場合などだ。この場合は、中ぐらいの背の個体が有利になり、子供を多く残すことになる。このように安定化選択は、生物を変化させないように働くのである。

一方、方向性選択は、極端な変異を持つ個体が、子供をたくさん残す場合だ。たとえば、背が高い個体は、ライオンを早く見つけられるので逃げのびる確率が高く、子供をたくさん残せる場合などだ。この場合は、背の高い個体が増えていくことになる。このように方向性選択は、生物を変化させるように、すなわち進化させるように働くのである。

【図】安定化選択と方向性選択

ダーウィンが『種の起源』を出版する前から、安定化選択が存在することは広く知られていた。当時、進化説に反対していた有名なサミュエル・ウィルバーフォース主教(1805〜1873)でさえ、安定化選択は異議なく認めると述べている。つまり当時の自然選択は、生物を進化させない力だと思われていたのである。ところが、反対にダーウィンは、自然選択を進化させる力だと考えた。ダーウィンが考えた自然選択は、方向性選択だったのである。

さらにダーウィンは自然選択が働くモデルを考えた。それは、いつも生物には方向性選択が働いているというモデルだった。方向性選択の働き方はゆっくりで、人間が観察しても気づくことはない。しかし、方向性選択はいつも必ず働いていて、生物をゆっくりと変化させつづけている。ダーウィンはそういうモデルを考えていた。

しかし現在では、実際に働いている自然選択の大部分は安定化選択だと考えられている。そういう意味では、『種の起源』の出版以前の時代に逆戻りしたのである。方向性選択もないわけではないが、安定化選択の方がはるかに多いというのが、現在の考え方なのだ。

つまり、ダーウィンが発見したのは、自然選択の中の方向性選択だけであり、安定化選択は『種の起源』が出る前から、すでに知られていたのである。さらに、ダーウィンが考えた自然選択のモデルでは方向性選択が主流だが、現在の進化生物学では安定化選択が主流と考えられている。

【写真】主流は安定化選択である シカの群にみる同形態の個体群
  現在の進化生物学では安定化選択が主流である photo by gettyimages

圧倒的に偉大なダーウィンの業績

いくつかダーウィンの悪口を書いてきたが、まだまだいっぱいある。

そもそも『種の起源』という本は実に読みにくい。文章は長くてくどいし、ところどころに誤りが散らばっている。「〜が起きることは可能だ。だから〜は実際に起きた」みたいな論理の甘さもしばしば目につく。進化学にくわしい人と一緒に、読書会などで読むならいいが、予備知識のない人がいきなり『種の起源』を一人で読んだら、ずいぶんトンチンカンな進化観を持ってしまうだろう。

とはいえ、今まで私が書いてきたダーウィンの悪口は、東京スカイツリーの周りをブンブン飛び回るハエのようなものだ。たとえ私がダーウィンの悪口を言い続けて、飛び回るハエを100匹から200匹に増やしたところで、スカイツリーはびくともしない。もちろんスカイツリーはダーウィンの業績だ。その中でも最大のものが、方向性選択を発見したことだ。

たしかに方向性選択はいつでも働いているわけではないかもしれない。自然選択のモデルは違っていたかもしれない。でも、そんなことは、どうでもいいのだ。小さなことにすぎないのだ。

地球には素晴らしい生物があふれている。緑の木々、土を耕す土壌生物、大海原を泳ぐクジラ、空を飛ぶ鳥たち。こんなすばらしい形をもつ生物を作り上げた力は、方向性選択しかない。進化のメカニズムは他にもたくさんある。でも、他のどんなメカニズムにも、空を飛ぶ翼を作ることはできない。安定化選択にも、翼を作る力はない。翼を作れる力はただひとつ、方向性選択だけなのだ。

方向性選択の力はすさまじい。翼もそうだが、私たちの眼などもすばらしい出来栄えだ。あまりにもすさまじいので、知性のある何者かが、目や翼を作ったのではないかと、勘違いをする人まで出てきたぐらいだ。インテリジェント・デザインと呼ばれる考え方はその例だろう。方向性選択の力が信じられないくらい素晴らしいので、知性のある何者かが進化させたに違いないと勘違いをしてしまったのだ。

今、私がいる部屋の窓から、ちょうどスカイツリーが見える。ダーウィンの業績をスカイツリーにたとえたのは良いけれど、ハエには失礼だったかな。

【写真】方向性選択の賜物、鳥の翼(アカトビの例)
  鳥の翼は方向性選択の賜物だ(写真はイギリス南東部のアカトビ) photo by gettyimages