いま「発達障害」という概念を強く疑わなければいけない理由

いじめ研究の第一人者が問う
内藤 朝雄 プロフィール

「自閉症」「ADHD」はどれくらい遺伝するか

最後に、DSM-5の「神経発達障害(Neurodevelopmental Disorders)」という概念について検討を加えることから、人間の遺伝的・神経生物的多様性と「障害」概念についてコペルニクス的転回を試みる。

DSM-5では、「発達障害(Developmental Disorders)」の前に「神経(Neuro-)」という語がついている。それは、遺伝子の関与が大きく神経生物学的な基盤を有すると強く推測されるという意味である。

どの文献も、遺伝子の関与が大きく神経生物学的な基盤を有すると強く推測されるとしながらも、よく読んでみると、次のようにまとめている。

ASD(自閉症スペクトラム障害)やADHD(注意欠如・多動性障害)といった「神経発達障害」の原因として、特定の遺伝子をつきとめることはできない。

「神経発達障害」は、さまざまな遺伝子の発現、変異、それらのエピジェネティックな環境との相互作用といった無数の要素が複雑にからみあって、成立していると推測される。

 

ここでよく考えてみよう。

勉強、音楽、スポーツが得意とか、ほがらかであるとか、怒りっぽいとか、親切であるとか、ありとあらゆる人間の特徴について、「さまざまな遺伝子の発現、変異、それらのエピジェネティックな環境との相互作用といった無数の要素が複雑にからみあって成立していると推測される」と言うことができる。

遺伝についても同じことが言える。「発達障害」は遺伝の影響が大きいが、それはどの程度であろうか。

さまざまな研究があるが、たとえば行動遺伝学者の安藤寿康によれば、「自閉症」と「ADHD」が遺伝する程度は、9歳の頃の学業成績が遺伝する程度よりも若干大きく、音楽、執筆、数学、スポーツの能力が遺伝する程度よりも若干小さい程度であるという(安藤寿康『日本人の9割が知らない遺伝の真実』)。

遺伝はわれわれが従来考えていた以上に、人間のさまざまな特徴に大きく作用しており(安藤寿康「残酷な『遺伝の真実』あなたの努力はなぜ報われないのか」)、「発達障害」なるものもその一つであると考えられる。

とすれば、次のように考えてみてはどうだろうか。

太陽が地球の周りをまわっているのではなく、地球が太陽の周りをまわっているというコペルニクス的な視点の転換をしてみよう。

「発達障害」という、特別に遺伝子の関与が大きく神経生物学的基盤を有する固有の実体が存在するのではない。

そうではなく、人間はこれまで考えられてきた以上に多様で大きな個体差を有しており、それは遺伝子の関与が大きく神経生物学的な基盤を有していると強く推測される。

またその個体差は、さまざまな遺伝子の発現、変異、それらのエピジェネティックな環境との相互作用といった無数の要素が複雑にからみあって、成立しているが、遺伝する傾向が今まで考えられてきたよりもはるかに大きい。

その広大な個体差のうち、学校などの特定の観点から「こまる」とみなされる部分を切り取り、ひとかたまりの実体であるかのように誤認されたものが「発達障害」なるものである。

「発達障害」という観点から一人ひとりを治療するというよりも、これまで考えられてきたよりもはるかに遺伝傾向が大きく、神経生物学的に変わりにくいと推測される一人ひとりの大きな個体差を最大限尊重し、その多様性をふみにじらない自由な社会をつくりあげる方がよいのではないだろうか。

一人ひとりを一定方向に教育するのではなく、一人ひとりが自分の生まれつきの神経生物学的傾向にフィットした生活スタイルと環境を試行錯誤しやすい自由な社会環境を用意することこそが、真の意味での「環境調整」ではないだろうか。