天安門事件で空っぽになった石平が語る「その後の人生」

石平×安田峰俊
安田 峰俊 プロフィール

殺伐を越えて

安田 往年の石平少年も、胡春華少年もジャック・マー少年も、みんな毛主席の紅小兵だった。中国人民より “不幸”なアメリカ人民や日本人民を、共産主義の光で解放するのが使命だと教わってきた。

石平 ええ(苦笑)。しかし、文革で社会はメチャクチャになる。そして70年代からは、農村に送り込まれた紅衛兵の一部が無許可で都市に戻り、仕事がなくて犯罪に走るようになった。70年代の中国は貧しくて閉鎖的なだけではなく、治安も悪くて暗い時代でした。

※来日して早大大隈講堂でトークセッションをおこなったアリババ創業者、ジャック・マー。今年3月末時点で時価総額世界8位の巨大IT企業を率いる彼も1964年生まれであり、世代的には「天安門世代」だ。2018年4月25日、大隈講堂内で安田撮影

安田 そんな殺伐とした時代の後に、ようやく毛沢東が死んで雪解けがはじまる。石平さんが北京大学哲学系に入学したのはこの時期(1980年)です。どんな学生だったんですか?

石平 当時、鄧小平の新体制のもとで、毛沢東時代がある程度は否定された。そこで登場したのが、文革の悲劇を暴露する「傷痕文学」という小説ジャンルです。私は高校から大学にかけてむさぼるように読んで、強く影響を受けた。当時は娯楽が少ないので、他の同世代も似たり寄ったりだったでしょう。

僕らが子どもの頃は「素晴らしい政権の下に生まれている」と教育された。それが大人の入り口に立つ頃になって、自分たちの社会の残酷さ、恐ろしさを知る。両親や同級生からも、文革当時のひどい話をたくさん聞く。この時期にいちど、世界観を完全に壊されるんです。

 

安田 日本だと昭和一ケタ世代みたいな感じかもしれませんね。軍国主義教育を受けて育ったのが、戦争が終わったとたんに「真相はこうだ」「総懺悔」みたいな話を突きつけられるという。

石平 近いかもしれません。そこで80年代に大学生になった僕らの世代は、みんな一気に民主化にはしるわけです。非常に高揚感のある時代で、外国の情報も入るようになって。当時のキャンパスはそういうパラダイムのなかにあったんですよ。

安田 1989年の天安門デモだけが有名ですが、実は80年代の中国では大小の学生運動が頻発し、経済だけではなく政治の自由化も盛んに議論されていた「学生運動の時代」です。ところで、日本で学生運動が盛んだった60〜70年代には、『資本論』を読んでないやつはバカにされるみたいなのがあったそうですが。

石平 うちらもそう。当時、ルソーを語らないやつはダメでした。僕は哲学専攻でしたから特によくルソーを読み込んだ。女の子の前でフランス革命を語るのが、一番カッコよく見えた時代です(笑)。

安田 実に安保闘争っぽいなあ(笑)。ちなみに日本の60年安保のときの大学進学率は10%すこし。いっぽうで1980年の中国の当時の大学進学率は2%未満です。

地獄を見た人たち

石平 そう。当時の中国で大学に入れたのは非常に限られた人間だけでした。しかも社会主義が残っていた時代で、学費も寮費も食費もほぼいらない。われわれが民主化運動に没頭できたのは、ある意味で「中国共産党のおかげ」だったのですよね。

安田 当時の中国ですと、卒業して学士様になれば大学の講師ぐらいにはなれた。少なくとも職には決してあぶれなかった。石平さんを含めて、80年代の中国で民主化を叫んでいた若者は、非常に限られた特別な人たちだった。

石平 完全に恵まれた人たちの、温室のなかの贅沢な革命です。いまから考えると幻想に過ぎないのですが、みんなが天下国家を語り、「自分の力で中国を変える」という気負いがあった。当時の最高指導者の鄧小平は理解不能だったでしょうね。「君たちをこれだけ優遇してやったのに、なぜ逆らうんだ?」と思ったはずです。

安田 それに、みなさんから一世代上(1950年代生まれ)の人たちも腹が立ったでしょう。彼らは文革のまっただなかに青春時代を送った紅衛兵世代です。習近平みたいに幹部の子弟でも農村に送られて、地獄を見た。ろくな勉強もできなかったわけですから。

※陝西省の梁家河村にある、若き日の習近平が文革期に下放されていた住居。現在は観光地化が進んでいるが、かつては非常に厳しい生活環境の場所だった。2015年5月安田撮影

石平 その通り。習近平たちの世代から見れば、僕たちは単なる生意気な青二才にみえるのです。農村など低層のことは何も知らずにして民主主義ばかりを語っているアホどもが、という感じです。しかし彼らの世代は、毛沢東独裁政治の被害者でもあるのに、今になって独裁体制作りに躍起になっているのも、私たちから見れば摩訶不思議です。
 
安田 紅衛兵世代と天安門世代の仲の悪さは、『八九六四』の取材でも感じました。たとえばあるデモ学生OBに「何が不満だった?」と聞いたら、「俺は大学まで出ているのに、紅衛兵世代で小学校しか出てないやつの下で働くのがイヤだった」とか言うわけです。気持ちはわかりますが、当時の中国社会の現状から考えるとかなりの「わがまま」ですよね。

石平 われわれの運動は、失敗に終わるべくして終わったということですよ。中国がなんたるか、社会がいかなるものかも理解しないまま、理想だけを持っていた。もちろん、それでも青春時代の情熱を燃やしたことに悔いはない。命を捧げた人たちもいる。僕たちが体験した1980年代というのは、そういう時代だったんです。

安田 現在の中国からは想像もつかないような、学生運動の政治の季節ですね。

石平:そんな僕たちの時代は、1989年の天安門事件をもって終わりました。そう。あの事件ですべてが終わったんです。