天安門事件にまつわる中国著名人の「黒歴史」を辿ってみた

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バイドゥCEOは本当に無関係?

【ロビン・リー(李彦宏)】
1968年11月17日生まれ バイドゥCEO
天安門事件当時:北京大学情報管理学部2年生(20歳)
【PHOTO】gettyimages

中国検索サイト最大手「バイドゥ」創業者かつCEOで、ジャック・マーのライバルの一人と目されているIT長者がロビン・リーだ。マーは一流とは言い難い大学(しかも二浪)からの叩き上げだが、リーは中国の最高学府・北京大学にストレート合格。大学でも情報系の学問を学び、1991年にニューヨーク州立大学バッファロー校に留学して修士号を取得してからInfoseek勤務を経てバイドゥを創業……と、絵に描いたようなエリート街道を歩んできた。

だが、若き日のリーについてはアメリカ時代の話がさまざまなメディアで取り上げられるにもかかわらず、北京大在学中のエピソードは異常なほど「薄い」。いっぽう、リーは今年4月に北京大の開学120週年を祝って6.6億元(約113億円)をポンと寄付しているので、別に母校が嫌いだから過去を語っていないというワケでもなさそうである。

 

実のところ、リーは同じ北京大でデモのリーダーだった王丹と、学部こそ違うものの同じ年で同学年である。当時、北京大は学生や若手教員らが全学を挙げてデモに参加しており、当時20歳のリーが一切無関係だったと考えるほうが不自然なくらいだ(なお、天安門のデモ発生から1カ月くらいの期間、当事者の学生たちには自分が反政府的な行動をしているという自覚がなく、デモ参加は政治的に正しいことだと考えられていた)。

北京大時代のリーは、デモ学生たちの情報交換場所だった学内の「三角地」にしばしば足を運んでいたという話も伝わる(張麗『李彦宏伝』ハルビン出版社、2013年)。彼の北京大時代のエピソードが極端に少ないのは、デモ学生だった過去を隠しているからではないかという穿った見方もできる。

北京大時代のリーの姿を伝える数少ない例として、台湾のビジネス誌『今週刊』が2008年に彼を台湾に招聘した際の特集記事がある。そのなかでは以下のような記述がある。

リーが大学2年生のとき、まさに1989年の学生運動の盛り上がりに直面した。当時のキャンパスで最も有名な学生は、ウアルカイシ(注:当時北京師範大学に在学していたウイグル族の学生リーダー。甘いマスクと扇動的な演説で知られた)のような学生運動家だったが、リーはただ静かに傍観していた。彼が身をもって感じたのは、天安門事件が起きた後の北京大の、雰囲気がいかに比較的リベラルなものから極端に保守的なものへと戻っていったかだった。

彼はクラスメイトに学生運動についての意見を言ったことがなく、ただ一言「中国ではあと10年間は学生運動が再発することはないだろう」と言っただけだった。今から見てみれば、彼の見立ては正しいものだった。

なぜ、北京大の学生運動を述べるなかで、わざわざ同窓生の王丹への言及が避けられ、他大学(北京師範大学)のウアルカイシだけが例に出てくるのか。リーが学生運動に批判的だったとという表現ではなく、なぜ「静かに傍観していた」と、一定の中立性を感じさせる表現で書かれているのか。

バイドゥは中国のIT企業のなかでも政府との関係が特に良好な企業であり、実態をマイルドに伝えるにはこう書かざるを得なかったのではないかという邪推も浮かぶ。

大学生だった20歳当時のロビン・リーは、本当は天安門の学生デモにどのような形で関わっていたのだろう? おそらく今後も決して表に出ることがないはずだが、真相が気になるところである。