天安門事件にまつわる中国著名人の「黒歴史」を辿ってみた

ジャック・マー、習近平の嫁も…

いまだ最大のタブー

1989年6月4日に起きた天安門事件(六四天安門事件)。中国で体制改革を求めていた学生のデモ隊に対して、人民解放軍が発砲を伴う武力鎮圧をおこない、無関係な市民を含めた数百人〜約1万人もの犠牲者が出たとされる事件である。事件発生の年と日付を略した「八九六四」(もしくは「六四」)という数字だけで、中年以上の中国人は誰もがこの大事件を思い浮かべる。

ゆえに現在もなお、天安門事件は中国国内では最重量級の政治的タブーだ。事件の発生日(6月4日)前後にはスマホ決済で「64元」が送金できなくなったり、「あの日」「今日」といった単語まで検索不可能になるなど、当局の規制にも度を越したものがある。

とはいえ、1989年の学生デモは当時の大学生の多くが参加した「世代の記憶」でもある。この世代の中国人(1960年代生まれ)は現在ほほ50歳前後で、発展著しい中国社会の中核にいる。そこで今回の記事で調べてみたのは、現在中国の財界や政界でブイブイ言わせている人たちが、天安門事件の時になにをやっていたか、もしくは事件について現在どう考えているかである。

現在発売中の『八九六四』(KADOKAWA)は、私がこの世代の中国人たちに片っ端から当時の思い出を尋ねてみた一冊だ。取材のときには、やはり自分の若き日の思い出をドドドと一気に喋る中国人が多かった。

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デモに賛同した人もそうでない人も、彼らにとって非常に重要な事件だった点は変わらない。これは勝ち組たちの場合も同じなのだろうか――?

以下、ちょっと意地悪な「黒歴史」の数々をご覧いただきたい。

 

「天安門は正しかった」発言で大炎上

【ジャック・マー(馬雲)】
1964年10月15日生まれ アリババ創業者
天安門事件当時:杭州電子工業学院英語講師(24歳)
【gettyimages]】

まずトップバッターは、時価総額世界8位(2018年4月末現在、4151.6億ドル)を誇る世界的IT企業アリババの創業者、ジャック・マーだ。彼は天安門事件の前年に杭州師範学院の英語専攻を卒業。1989年の事件当時は杭州電子工業学院で英語の講師をしていた。

当時の中国は、大学新卒者がそのまま大学の先生になれた時代だ。学生と年齢がほとんど変わらないだけに、「先生」の身分のままで学生以上に民主化運動に熱中した人も多かった(在米ジャーナリストの陳破空や元中国人の評論家・石平らはこのパターンだ)。

だが、マーに関しては天安門事件当時の政治的な動向がまったく確認されていない。この時期の彼については、KFCのアルバイトに応募したが不採用だったこと、講師として英語同好会を率いて学生から人気だったことなど、非政治的なエピソードしか伝わっていないからだ。

大学生時代のマーは杭州師範学院の学生会のトップだったので、過去に多少は学生運動と接点があった可能性もあるが、就職後は政治に関わらなかったと思われる。彼は1988年の夏から6年半にわたって杭州電工学院で講師を続け、離職時も学校側から引き止めにあっている。政治的に「正しい」身の処し方をしていたのだろう。

むしろマーと天安門事件の接点は、大企業アリババを率いるカリスマ経営者になってからだ。2013年、マーは香港紙『サウスチャイナ・モーニングポスト』(SCMP)のインタビューを受け、当時のアリババが直面していた詐欺事件や電子マネー「アリペイ」(支付宝)事業の切り離し問題についてどう対処するかという話題になった際に、以下のような意味の発言をしている。

「いわば鄧小平の天安門事件における(行動の)ようなものです。彼は国家の最高意思決定者として、社会を安定させなければいけなかったから、あのような残酷な決定を取らざるを得なかった。これ(=武力鎮圧)はパーフェクトな決定ではなかったとはいえ、最も正確な決定ではあり、当時においては最も正確な決定だった」

組織のリーダーに求められる非常な意思決定を説明する文脈なので、「泣いて馬謖を斬る」あたりの例を出しておけばそれで済んだ。だが、わざわざ天安門事件の武力弾圧を正当化するような物言いをしたせいで、この発言は中華圏のネット上で大炎上してしまった。アリババは中国政府との関係が良好であり、そのことも反発につながったようだ。

この事件はその後、アリババ側が「当時においては最も正確な決定だった」という一文の前に別の一言が挟まれていると抗議したり、『SCMP』のネット版から記事が一時的に消えたりした後、紙面掲載から1週間後にインタビュー担当記者が辞職する形で幕引きが図られた。

なお2年後の2015年末、アリババグループはこの炎上事件の発火元になった『SCMP』を買収。その後、同紙の論調は中国政府寄りに変わっている。