金持ちのはずなのに…勤務医たちのあまりに悲惨な「食事事情」

覆面ドクターのないしょ話 第18話
佐々木 次郎 プロフィール

「弁当に飽きる蟻地獄」からの脱出!

医者はクリニックや診療所に出向することもある。職員食堂はないからクリニック側が弁当を用意してくれる。院内で食べる弁当は飽きる。夜勤があるときは、昼も夜も院内で弁当を食べることになる。そうなると空しくなる。外でランチを食べたくても、「病院の外へ出ないでください」とスタッフに言われているから、おとなしく院内で弁当を食べている。だが診療から戻ると、受付の女性たちがにこやかに声をかけてくれる。

「先生、お疲れさまです。お弁当温めておきました」

彼女たちの優しい心遣い……本当に癒やされる。掃き溜めに鶴、いやいや野に咲く一輪のバラ。

 

病院の外でランチを食べる機会はめったにないが、今までなかったわけではない。大学病院在職中はたまにあった。基本的に、外科系のドクターは手術があるから、手術日には外に出られない。手術がなく、教授回診もない土曜日の昼……月に1回くらい、外でランチを食べられる日があった。

「激辛薬膳中華」としてテレビに紹介された中華料理店が近所にあった。そこへ同僚と行ってみたら、精神科の先生にばったり会った。

「どうも。外の空気はいいですね。この店のイチ押しメニューは何ですか?」

「薬膳辛肉どんぶりです。単に『肉丼』と注文すればOKです」

「以前も来たことあるんですか?」

「僕、昨日も来ましたけど」

精神科ってそんなに優雅な生活なんだぁ。外科ってブラックだよなぁ、私はそう思った。

「ランチに外出は無理でも、せめて病院内にスタバがあったらいいよなぁ」

手術の後や当直の夜にスターバックスのコーヒーが飲めたらどんなに幸せだろう。ところが、である。都内の大学病院内についにスタバができた。あれは私にとって驚愕のできごとだった。スタバのラテを片手に、爽やかな風を白衣に受けて、足早に歩く外科医・次郎……洒落ている! 粋だ! エレガントだ!

「うちにも来てくれい!」


さて、朝が慌ただしい人にとって、コンビニ弁当は便利で種類も豊富だ。だが毎日コンビニ弁当やお茶を買っていたら、月々の出費がかさんでしまう。院内で弁当を食べれば350円。安かろうまずかろうで、出費を抑えるには病院の弁当を食べるしかないのだ。いやそれ以上に、どちらの弁当を食べようと、「飽きる蟻地獄」状態に陥る。これは何とかならぬものか?
 

あるとき、夜勤帯の休憩時間にぼけっーと大相撲中継を見ていた。懸賞の旗が何本も立つ。おなじみ「永谷園」、「伯方〈はかた〉の塩」……、カタカナの懸賞もある。呼び出しが土俵を掃き清める。その背中に「紀文」「なとり」の文字が。

「なとり」? 

私ははたと膝を打った。

「これだ! 『なとり』だ!」

「なとり」と言えば焼き鳥の缶詰では? 私は色めき立った。早速、翌日の出勤の朝、私はコンビニに立ち寄り、焼き鳥の缶詰を探した。あったあった! 缶詰は色々ある。ツナもカニもある。「タイ風カレー」なんていうのもある。これを平凡かつ味気ない弁当のおかずにすれば、ずいぶんとゴージャスになり楽しみが増えるというものではないか。

買ってから気付いたことがある。焼き鳥の缶詰は、「なとり」ではなく「ホテイ」だった。よく考えてみれば、「なとり」は珍味やおつまみのメーカーじゃないか。どうして「なとり」と焼き鳥が私の思考回路の中でくっついてしまったのだろう? まあ、いいか。結果オーライだ。

そして、いざ昼食の時間。「ホテイ」の缶詰を開けると、ほんのり甘い醤油の香りがする。食べてみるとこれが美味い! 甘さもしつこくなく、焼いた香ばしい風味がして、固過ぎず柔らか過ぎずマイウーだ。「ホテイ」が一つあるだけで、今日の弁当は格別に美味い。


世界に冠たる日本の缶詰。バリエーションの豊富さ、質の高さともトップクラスだ(photo by istock)

その後、弁当にひとひねりすることで昼食がとても楽しくなった。ふりかけもシンプルだが満足度は高い。ごま塩はごはんが進む。極めて単純なのに飽きない。マクドナルドのフライドポテトみたいなものか? 

さらに私のお気に入りは「江戸むらさき」だ。他のメーカーに比べて甘くない大人の味で、古典的な海苔の佃煮の匂いがする。「江戸むらさき」の歴史は私の年齢を上回る。熱々のごはんに乗せる。少な過ぎず多過ぎず、バターを広げるように「江戸むらさき」をごはんに塗り広げる。これをほおばりながら、さらに昼のワイドショーが見られれば上出来だ。

疲れて回診から戻ったある日の昼。

「しまった! 今日は『ホテイ』を買い忘れた!」

すると受付の女性から声をかけられた。

「先生、いつも同じ業者さんのお弁当じゃ飽きませんか?」
「飽きるーっ!」
「先生、今日のお弁当はキャンセルしました」
「えっ!? じゃ、俺の昼飯は?」
「勝手ながら今日は先生のために、『ほっともっと』の焼き肉弁当にしました!」

嬉しい! こんな親切ってこの世にあるのか!? こんなに優しい彼女たちなのに、現在全員彼氏募集中なのだ。女神たちに幸あれ! 彼女たちの元に集え、男性諸君!

(初出・アプリマガジン「小説マガジンエイジ」)