置き去り犬「めぐちゃん事件」愛犬家の漫画家が憤った判決の理由

犬は「物」でしかないのか
折原 みと プロフィール

動物を飼う人間の「覚悟」とは

以前、我が家の近所に、雨の日でも外につながれっぱなしの犬がいた。近所の犬好きたちが心配して保健所に相談、注意してもらったところ、そのあとはガレージの中で飼うようになった。しかし、今度は真夏の暑い日でもガレージに入れっぱなし。散歩に連れて行っている様子もなく、よく犬の鳴き声が聞こえてくる。再度、保健所や住宅街の管理事務所にパトロールしてもらったが、飼い主が「虐待はしていない、散歩もしている」と主張したため、それ以上どうすることもできなかった。

しばらくしてその家は引っ越してしまったが、あの犬が元気でいるかどうかは、ずっと心から離れなかった。
 
動物愛護管理法には、「なにびとも、動物をみだりに殺し、傷つけ、または苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性をよく知った上で適正に取り扱うようにしなければならない」という基本原則が掲げられている。

しかし、この法律は、まだまだ実際の社会において、大きな効力を発揮しているとは言い難いように思える。「民法」は義務や権利の存否をめぐる法律であるのに対し、「動物愛護管理法」はあくまで国が「こうしましょう」という遵守性の低い法律だからだ。

 

動物愛護管理法の基本原則に反して、民法上では動物は「物」扱い。自分の所有物をどう扱おうと所有者の自由だ。

飼い主は、動物の生殺与奪の権利を持っている。

しかし、だからこそ、動物を飼う人間は「覚悟」を持たなければならないのだ。「所有物」である動物を一生守り、愛し、幸せにする覚悟。それを持たない人間に、動物を飼う資格はない

「こんな無防備な寝顔を、飼い主として一生守ってやりたい」と折原さんは言う 写真提供/折原みと

動物には「心」がある

今回の一件に関しては、元飼い主の女性も、10年近くめぐちゃんと共に生きてきたのだ。交際相手による放置後、しばらく名乗り出ることができなかったのには、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない。5年もの間、諦めずに返還を望んでいるのは、めぐちゃんに対する愛情があればこそだと思いたい。保護した側にも、元飼い主にも、それぞれの想いがあるのだ。詳しい事情を知らない第三者が、関係者を責めたり、誹謗中傷するようなことはあってはならない

誰がいい、悪いと感情的になるのではなく、この事件をキッカケに、動物の命を預かる責任について、改めて考えることが大事だ。そして、この裁判の理不尽とも思える判決が、法律上の動物に対する扱いを、少しでも見直していくための一歩になってほしいと思う。

動物は「物」ではない。「命あるもの」だが、それだけではない。

動物は、「心あるもの」なのだから。
 
めぐちゃんを保護し、5年間愛情を注いで来たAさんは、未だ引き渡しには応じていないという。だが、いつ強制執行がおこなわれるかわからず、不安に脅える毎日だそうだ。裁判所の判決をくつがえすことはできないが、どうか今からでも、当事者同士で、めぐちゃんにとって一番いい状況を考え、行動してほしい。
 
ゴールデンレトリバーの寿命からいって、14歳のめぐちゃんに残された時間は、もうあまり長くはないだろう。めぐちゃんが最後まで安心して幸せな一生を全うできるよう……それだけを、心から祈っている。

最初に飼った「リキ丸」を2011年に亡くしたとき、リキ丸は13歳。それでも天寿を全うした幸せな犬と言われた。めぐちゃんは今14歳だ。写真は現在飼っている「こりき」と 写真提供/折原みと