キリストは青森で死んだ?今年で55回目、日本屈指の奇祭をご存知か

観光イベントにすぎないと思いきや…
岡本 亮輔 プロフィール

祭が民俗芸能の後継者不足を救った

キリストの墓は、発見当時をのぞけば、いつでも誰からも偽物と見なされてきた。それにもかかわらず、なぜキリスト祭は始められ、今も続けられているのか。単なる人寄せなのだろうか。

キリスト祭は、1964年、地元神社の神職の主導で始められたという。当初は商工会中心の運営だったが、現在では村の観光協会主催で毎年6月第1日曜日に開催されている。

村長が大祭長となり、キリストの末裔とされる方や観光協会長も臨席する。筆者が2013年に行った時には、与野党の重鎮政治家も参列していた。夏に参院選をひかえていたためだろう。

 

まず注目したいのはキリスト祭が村の民俗芸能に与えた影響だ。

観光客の多くは奇祭を見るためにこの土地を訪れる。だが実際には、キリスト祭は、クライマックスの十字架を囲んでの盆踊りを除けば、それほど奇異な感じはしない。

祭のプログラムを良く見ると、もっとも時間をかけて披露されるのは田中獅子舞とナニャドヤラという民俗芸能なのである。

ナニャドヤラとは、青森県南部から岩手県・秋田県北部にかけて伝わる盆踊り唄だ。

地域ごとに歌詞や使用楽器は異なるが、新郷村のものは歌詞の意味が不明なままに受け継がれてきた。

この歌詞について、キリスト祭では、ヘブライ語で読むと神を讃える歌になるという説が紹介される。

墓の周囲でのナニャドヤラ

実はナニャドヤラは、村の人口減少のため後継者不足に悩まされていた。

だが、キリスト祭という「披露の場」ができたことで芸能保存会が結成され、今に伝わっている。つまり、作り物の観光イベントが本物の民俗芸能の伝承を下支えしたのである。

さらに、キリスト祭は新郷村最大級のイベントでもある。新郷村は、1955年、戸来村と野沢村の一部が合併して誕生したが、通常の神社の祭りは合併前の村ごとに行われる。

つまり、キリスト祭は、村が一体となって行う数少ないイベントなのだ。