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日大アメフト問題で分かった「組織を殺す広報」「生かす広報」の差

あれは、いわば自爆だ

日大が、燃えた。

日本を代表する教育機関のひとつが、あっさりと燃えた。テレビもラジオも週刊誌もwebも、なんなら給湯室の世間話も、日大一色だ。

この問題の特徴のひとつに、広報部の失態がある。これは、史上稀に見る“広報の自爆テロ”だ。テロの被害者は、日本大学アメリカンフットボール部のメンバーであり、日大の在校生であり、そこで教鞭を振るう教育者であり、多くのOBOGたちだ。

スポーツの中で起きたトラブルが、当事者のみならず多くの大学関係者を傷つける事態になった。なぜ、こんなことになったのか。PRコンサルタントの落合絵美氏が問題点を整理しつつ、解説する。

グラウンド上の問題から、組織全体の問題に

一部で「悪質タックル問題」とも呼ばれる一連の事件について、そもそも、みなさんはどこから注目していましたか?

ご存知の通り、本件はアメフトの試合で起きた反則プレイから端を発していますが、当初から本件に注目していたのは、OBOGを含む日大・関学大の関係者、アメフト関係者やファン、スポーツが好きな方くらいだったのではないでしょうか。

お恥ずかしい話、私自身、本件のことは把握していましたが、問題のプレイを見直すこともなく、「怪我をした選手がかわいそうだ」くらいにしか思っていませんでした。

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わたしがこの問題について意識的に情報収集し始めたのは、5月22日に行われた当該選手の記者会見からです。厳密に言うと、その日の夜に日大広報部から発信された公式文書「アメリカンフットボール部・宮川選手の会見について」(→日大広報部コメント全文/東京新聞)を読んでからです。

この文書に、わたしは尋常でない違和感を覚えました。

致命的な欠陥として、「心が痛い」「申し訳ない」以上の謝罪がないのです。該当選手に対しても、傷つけられた相手選手に対しても。

しかも、謝罪の対象は「生徒の会見」と「選手と監督・コーチとのコミュニケーション不足」に対してであり、そもそもこのような事件が起きてしまったことに対しての
謝罪ではありません。

 

完璧と讃えられた「東大広報文書」との違い

同じように大学機関が発信した謝罪文書に、5月8日に東京大学本部広報課が発表した「東京大学中央食堂の絵画廃棄処分について」という文書があります。食堂に飾ってあった画家の故・宇佐美圭司氏の絵画作品を誤って破棄してしまったという内容のものです。

実はこの文書、稀に見る秀逸な謝罪文書だと話題になりました。宇佐美氏とその関係者だけでなく、「この貴重な作品に触れる機会を失ったすべての方々」に対して、東大は謝罪したのです。また、再発防止についても明言していました。

話を日大に戻します。世の中は、当該選手の立派な謝罪会見で持ち切りです。多くの人がこの青年に注目し、共感し、自分や自分の子供のことのように捉えているセンシティブなタイミングです。そんなときに、謝罪の言葉もない、事故の原因も曖昧、再発防止にも触れていない、こんな文書を出して、誰が納得するでしょうか。

しかもそれを、監督やコーチが言ったのではなく、大学の声であり顔である広報部が発信したのです。この瞬間、問題はグランド上のものから、日大全体の問題に変わってしまったのです。

もちろん、学生が起こしたことは指導者の問題であり、指導者の問題は組織全体のものなのですが、広報部がヘマをしたことで、一気に組織の責任の話に拡大したのは否めません。