分子版「ジュラシック・パーク」の世界

生命1.0への道 第10回
藤崎 慎吾 プロフィール

2種類の「紐」を結びつける分子との出会い

人工細胞をつくっている車兪澈(くるま・ゆうてつ)さんと同じ東京工業大学・地球生命研究所(ELSI)の研究員、藤島皓介(ふじしま・こうすけ)さんは、つい最近までNASA(米航空宇宙局)エイムズ研究所の研究員も務めていた。日本とアメリカを往復しながら、生命の起源をはじめ、地球外生命探査や火星移住計画など多彩な研究に携わってきた(写真2)。

5歳から10歳まではイギリスで過ごしたという、根っからの国際派である。しかし日英の文化のちがいに悩むことも多かった。

「日本は『和』というか『協調性』を大事にする文化ですが、イギリスは『個性』を大事にする文化です。自分は小さいころから、人とちがうことをやりたいという感覚が強かった」と藤島さんは言う。そして「社会の枠組みの中で受け身でいるよりは、何か自分で新しいことを発信したいと」思うようになった。

高校に入ってから大学院まで、ずっと慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスで過ごした。大学では情報科学と分子生物学を組み合わせた「バイオインフォマティクス(生命情報科学)」という新しい分野に出会ったが、これはまさに今の合成生物学と重なる部分が多い。

藤島さんはコンピュータを駆使してタンパク質の配列を解析したり、骨格筋の代謝シミュレーションなどをやっていた。大学院に入ってからは、古細菌のtRNA(転移RNA)の研究をしている。第8回で「PUREシステム」の中に入っていた分子の1つだ。

【写真2】藤島皓介さん
写真2 藤島皓介さん

おさらいだが、生物には「セントラル・ドグマ(中心原理)」と呼ばれる共通の機能がある。細胞がタンパク質をつくる際、核のDNAに書かれている遺伝情報をmRNA(伝令RNA)に写し取り(転写)、そのmRNAの情報をできあがったタンパク質に反映させる(翻訳)という仕組みのことだ。tRNAはリボソームというタンパク質工場の言わばオペレータとして、翻訳の過程に関わっている。

RNAの中でもかなり小さな分子だが、tRNAはDNAの配列情報をもつmRNAとアミノ酸の両方に、くっつくことができる。つまり両者を突き合わせることができる。その特技を生かして、mRNA上に遺伝暗号(コドン:注1)で指定されているアミノ酸の種類を読み取り、該当するアミノ酸を順番にリボソームへ渡して1本の紐へと編んでいくのだ。最終的にできあがった長い紐がタンパク質である。

注1)mRNAの情報はアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、ウラシル(U)という4つの塩基(を含むヌクレオチド)で書かれており、このうち3つの配列(組み合わせ)で1つのコドンとなっている。つまり全部で4×4×4=64種類あり、そのうちの61種類それぞれが、20種類あるアミノ酸のどれかに対応している。残りは合成の開始や終了の信号となっている。例えば「GAU」か「GAC」だとアスパラギン酸、「GAA」か「GAG」だとグルタミン酸を意味している。このコドンは、もともとDNAの塩基配列から読み取られたものである。

すでに述べた通り、我々の体を構成する物質のうち60%は水だが、あとはほとんどタンパク質と核酸(DNAとRNA)である。どちらも長い紐状の物質だ(図2)。車さんのような「膜屋」にとっては生命の境界となる脂質も大事だが、代謝と自己複製という生命の基本機能を実現しているのは、この2本の紐である。

これらが両輪となって働かなければ、ベシクル(脂質二重膜の袋)は、いつまでも単なる袋のままだ。そしてtRNAは2本の紐の橋渡し役であり、両輪の軸になっているとも言える。

こうしたtRNAの研究に関わったことから、藤島さんはセントラル・ドグマにおける翻訳という仕組みが、どのようにできあがっていったのか、すなわち「翻訳系」の起源に強く惹かれるようになった。

そして今は自ら原始的な翻訳系を再現してみたいと考えている。

【CGイラスト】セントラルドグマのイメージ図
図2 セントラルドグマのイメージ図。核酸(DNAとRNA)とタンパク質のどちらも長い紐状の物質だ 

車さんは人工的に細胞を丸ごとつくることで、生命の起源に迫ろうとしていた。目標はなるべくシンプルな、つまり原始的な細胞の構築である。一方で藤島さんは生命機能の一部に関して、原始的な姿を探ろうとしている。どちらも合成生物学だが、時間軸上の狙っている場所がちがう。

車さんが再現しようとしているのは、我々の最後の共通祖先「LUCA」が誕生する直前の「プレLUCA」である。つまり生命0.9あたりだろう。見た目も、すでに細胞っぽい形をしているはずだ。

しかし藤島さんが興味を持っているのは、まだ形が曖昧で「単なる高分子」と言われても仕方がないような生命0.1から0.2あたり――その段階で「ありえた」翻訳系の再現である。

ついでに言えば第1回から第3回までご登場いただいた横浜国立大学教授の小林憲正(こばやし・けんせい)さんや、東京薬科大学教授(当時)の山岸明彦(やまぎし・あきひこ)さん、東北大学准教授の古川善博(ふるかわ・よしひろ)さんらは、アミノ酸や核酸ができるさらに前の段階、それこそ生命0.0000001から0.09くらいを中心に研究していると言えるだろう(山岸さんは半生命の存在を認めていないが)。

システインがなくてもシステインはできる

生命誕生前の原始地球に、おそらくシステインはなかった。しかし現在システインは、それ自体を含むタンパク質によってつくられている。この矛盾を解決するため、藤島さんらはシステインをつくるのに必要な酵素から、システインをすべて取り除いてみることにした。

つまり本来、システインがあるべき部分を別のアミノ酸に置き換えるなどして、酵素を設計し直したのである(図3)。もちろん置き換えたアミノ酸は、生物なしでも生成しうるものだ。

すると、その「システインなし酵素」でも、セリンからシステインを生成できることが確認された。また遺伝子工学で「システインあり酵素」をつくれなくした大腸菌に、「システインなし酵素」をつくるための人工的な遺伝子を導入すると、問題なく生き続けることがわかった。

つまり、この「システインなし酵素」は地球史上、初めて自分の中に含まれないアミノ酸をつくりだしたタンパク質ということになる。そのように今よりも種類の少ないアミノ酸でできた、単純な「原始タンパク質」が、過去に存在したかもしれない(注2)。冒頭で分子版「ジュラシック・パーク」と呼んだのは、こうした実験のことである。

注2)「システインなし酵素」でもシステインをつくれるのに、今の生物があえて「システインあり酵素」を使っているのはどうしてなのか? 後者のほうが効率がいい、というわけではないらしい。理由があるとすれば「システインの合成量が増えると、システインあり酵素の量も増えて、正のフィードバックがかかる」ことではないかと藤島さんは予想している。
図3 AとBどちらも「システインあり酵素」の構造図。黄色い部分にあったシステインを、それぞれ別のアミノ酸に置き換えて「システインなし酵素」をつくった(https://www.nature.com/articles/s41598-018-19920-y/figures/3より)