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「あなたはカープの誇りです」鉄人・衣笠祥雄を語ろう

世良公則×福井謙二×駒沢悟
衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)
47年京都府生まれ。進駐軍兵士でアフリカ系米国人の父親と、日本人の母の間に生まれる。平安高校で2度甲子園に出場後、'65年に広島カープ入団。通算成績は2677試合出場、打率.270、2543安打、504本塁打。4月23日に71歳で死去

17年間、一試合も休まなかったあの鉄人が、この世を去った。笑顔もスイングも、そのすべてが規格外だった偉大な足跡を、熱狂的カープファンたちが振り返る。

最後の力を振り絞って

駒沢 4月19日巨人――DeNA戦、キヌさんの解説は驚きでした。持ち前の、低く落ち着いた声は消え失せ、か細い声を最後の力を振り絞るようにして出していた。

数年前から身体が良くないのは知っていたので、「悪化したのかな」と無性に心配になりました。でも、そのわずか4日後に亡くなってしまうとは予想もしなかった。ショックでした。

福井 衣笠さんの訃報を聞いた瞬間に、僕の頭の中は何十年も前に巻き戻されました。浮かんだ映像はカラーでなく、モノクロ。

昔の広島市民球場はレフト側から夕陽がギラギラと照りつけたのですが、その陽射しをサード・衣笠の背中が受け止めて、日に焼けた肌が輝いている。あの光と影のコントラストが、衣笠さんにめちゃくちゃ似合っていた。

世良 人間、本当に驚いたときって、反応できないものなんですね。テレビから流れる逝去の速報を、ボーッと聞いていました。 

時間が経ってから、山本浩二さんがテレビでコメントしているのを見て、ようやく実感がわいてきた。「ああ、俺たちの衣笠さんが、もうこの世にいないんだ……」と。

福井 コージと衣笠のコンビは、我々オールドカープのファンにとって象徴的な存在でしたからね。コージがダメならキヌが、キヌがダメならコージがかならず打ってくれる。我々は固く信じて疑わなかった。

世良 ええ、巨人のONに匹敵する、いやそれ以上の存在でした。お互いが並々ならぬライバル心を燃やしていて、ときにピリピリした空気が漂っていたと聞いても、「コージ派か衣笠派か」というのでなく、両方のファンでした。

駒沢 数字も、二人の並々ならぬ存在感を証明しています。キヌさんとコージは'69年から'86年まで17年間一緒にプレーし、キヌさんが2318安打、コージが2339安打の合計4657安打を放っている。これはONの4369安打を上回る数字。球史に残るクリーンナップです。