テーマは当日まで極秘

そのときのテーマがなにかは授業が始まるまで一切オフレコなんです。なぜなら、全校道徳は子どもだけではなく、子どもと一緒に教職員も参加したい地域の大人も、一緒に考えるからです。みんな突然出されたテーマで、自分の考えを10秒間で持つようにしています。

「なんで10秒だと思う?」と聞くと、子供は「え、いっぱい考えたってわからんもん」ときちんと言います。つまりは「考える」という自分の中の習性をつけるための時間なのです。瞬時に考える10秒は、「きっかけ」です。世の中なにかが起こったら、1時間もかけて考えませんよね。

また、テーマはホワイトボードに書くだけです。それも一切ルビをつけない。漢字で書く。たとえば「人権って」というテーマで授業を行ったことがあります。そのときもこうやって書くだけ。ふりがなも何もつけないんですよ。

「『人権って』とこうやって書くだけ」と木村さん
学校全員がそろった行動で、ホワイトボードにこうやってテーマを書くのだという

書きながら、「考えている人もいるから、心の中で読んでね、声出さないでね。私が最後まで何書くか分からないでしょ」とみなに言います。

50人くらい(障害者)手帳をもっている子がいますし、理解できない子もいます。1年生もほとんど読めませんよね。「何それ?」「ひと?」声が出てOKなんです。考えているからこそ意見が出るのです。

書き終わるとみんなの顔を見ます。1年生はこの漢字を知らない。6年生でも知らない子がいます。必ずいうセリフは同じ。私はMCなので、「じゃあみんな1年生にわかるように伝えて、どうぞ」と言います。「1年生にわからせるように言う」という目的があるから、みんな声をそろえて「じんけんって」と言います

でも、せえの、とか声をそろえて言いましょう、なんて言いません。

なんでいまみんな声をそろえて読んだん? と聞き、考えることが学びなのです。「1年生にわかりやすいようにするため」と子どもたちも考える。そういう風に学んでいけば、どんなことにも号令なんていりません

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「障害」と診断されている子もリーダーに

そのあと「じゃあ10秒どうぞ」と言うと、シンキングタイム。面白いのですが、みんな考える時に下を向くんです。10秒経ったら「いってらっしゃい!」と言います。そうすると、それぞれが40ぐらいに分かれているグループの、6年生リーダーのところにいくわけです。

例えば、『みんなの学校』の映画に出ているせいちゃんも6年生になると大空のリーダーでした。せいちゃんのように障害を持っている子がたよりないから、代わりに誰かをつけるなんてことは一切しません。そして、リーダーがグループのコーディネートをするんです。

こんなことがありました。全校道徳の時間に、せいちゃんが「僕はいま落ち着いてない、気分が乗らない」という感じだったようで、講堂の後ろのほうにあるマットの上に座り込んでしまいました。人間、いらつくことってあるじゃないですか。お母さんと喧嘩したとか全校道徳の前に嫌なことがあったとか。せいちゃんはこの時、「リーダーなんかやってられるかっ」という状態だったんですね。それでマットの向こうに座ってぷんぷん怒っていました。

一瞬大人がサポートに入ろうとしたのを、止めました。リーダーに放置された他の学年の子どもたちが話しており、しばらくすると、みんながばっと走って行き、せいちゃんが座っているマットに登って一緒に座ったんです。

大人の発想では、せいちゃんをマットから引きずりおろしますよね。でも、リーダーが上にいたから、子どもたちも上がった。せいは嬉しいじゃないですか。ぶんぶんしていたのが、ニヤっとなって、きちんと授業は進んでいきました。