5月20日、中村憲剛がゴールの瞬間「YMCA」を決めた理由

ヒデキへの感謝を込めて

ヒデキとフロンターレ

今は「ゴールパフォーマンス」より「ゴールセレブレーション」と呼ばれることが一般的になってきた。

ゴールを決めた喜びを、いかに表現するか。たとえばクリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリード)の半回転ジャンプからのドヤ顔で仁王立ちは、ファン、サポーターと一体化する歓喜の象徴ともなっている。

ゴールシーンとともに、そのセレブレーションも一緒に記憶されることが多い。

過去の印象的なものを挙げるとすると1990年のイタリアワールドカップの“不屈のライオン”カメルーン代表ロジェ・ミラ。ゴールを決めてそのままコーナーフラッグを前に、腰をクネクネさせるダンスは名場面となった。

今や定番となった赤ちゃん誕生を祝うゆりかごダンスは1994年のアメリカワールドカップはブラジル代表のベベットが“走り”だ。準々決勝のオランダ戦でゴールを決め、ロマーリオ、マジーニョと3人でかごを揺らすパフォーマンスを繰り広げた。ベベットの息子が試合2日前に生まれたことを祝う、まさに二重のセレブレーションとなったのだ。

 

ちなみにその息子マテウスは現在23歳。元ブラジルU-20代表で、ポルトガルの名門スポルティングでプレーするMFは、父親のDNAをしっかりと受け継いでいるようである。

世界を見渡せばフランチェスコ・トッティの「おしゃぶり」やユルゲン・クリンスマンの「ヘッドスライディング」など、代名詞となるパフォーマンスが数多く存在している。

日本ではやっぱり三浦知良(横浜FC)の「カズダンス」が広く認識されている。城彰二の「バク宙」、藤本主税の「阿波踊り」など、派手なものから個性的なものまでいろいろとあった。欧州で活躍する長友佑都がインテル・ミラノで初ゴールを挙げた際の「お辞儀」は、イタリアでも話題になった。

随分と前置きが長くなって恐縮だが、なぜこの話を持ち出したのかと言うとつい最近、感動的なゴールセレブレーションがあったからだ。

5月20日、等々力競技場で開催された川崎フロンターレ―清水エスパルス戦。後半12分、中村憲剛は相手のボールを奪ってから、この日2点目のゴールを決めた。歓喜に揺れるホームのスタンドに向かって、彼は両手で「YMCA」を繰り出し、喪章を天に掲げたのだ。

これは16日に急性心不全に他界した歌手・西城秀樹さんに捧げるパフォーマンスだった。西城さんとフロンターレの関係は深い。2000年の川崎市制記念ゲームのハーフタイムショーで名曲「YOUNG MAN」を歌い上げたのが始まり。2004年以降、年に一度(2007年は実施せず)の「YOUNG MAN」は恒例行事となった。いまでは想像しがたいが、当時フロンターレの等々力陸上競技場での集客数は3000~5000人程度だった。フロンターレはスタジアムに一体感を作り出したいという考えから、川崎市在住とのキーワードでオファー。西城さんもこれを快諾した。

昨年もそうだった。7月29日、雨の等々力。フロンターレのユニホームを着込んだ西城さんはオープンカーに乗り、リズムに乗って「YMCA」を披露していた。筆者も記者席でこの光景を見た。ハーフタイムは一度、スタジアム内のプレスルームに戻るのが常だが、西城さんのハーフタイムショーは楽しみだった。40代半ばの筆者にとっては、思い出の曲の一つ。若いころはカラオケの締め曲で、みんなでヒデキばりに熱唱していた。