「作品のためなら、ここまでやります」作家・池井戸潤の仕事術

映画版『空飛ぶタイヤ』公開記念【後編】
大谷 道子

「Amazonのレビューは読んでいる」

だが、作品へ寄せられる読者や世の中の反応は、シビアに観察している。Amazonなどの読者レビューを自らチェックし、ネット上では、いわゆる「エゴサーチ」も積極的に行う。

「メンタルが強い?だって、作家にとって小説は商品ですよ。映像作品も、僕自身が撮っているわけではないけれど、自分のコンテンツであることは同じ。商品を出して、お客さんの反応を見ないメーカーはないし、もしそうしないなら、それは間違っていると思う。

自分のためだけに書いているだけならいいかもしれないけど、少しでも売ろう、手に取ってもらおうと思うなら、評価はちゃんと見たほうがいい。

レビューは皆さん、けっこう本気で書いてくださっているんだから、活用しない手はないですよ。調査会社に頼んだら莫大なお金を取られるような内容が、今はタダで手に入るんですから」

 

ただ、データの読み方にはコツがある、と池井戸氏。

「たとえばAmazonのレビューなら、褒めすぎとけなしすぎの意見は外して、その真ん中にある、中間層の意見を分析して、どう読まれているかを判断するんです。母数が少ないと難しいですが、だいたいレビューが100以上あれば、そういう分析ができると思う。

星5つが満点なら、星4から4.5くらいがついていれば合格点。で、4より下だと、反省しなくちゃいけない。批判的な書き込みがあれば、どこが悪かったのかを考え、そういう批判をかわすストーリー展開はなかったか、と考えます」

これほどのベストセラー作家でも、なのか、むしろ「だから」なのか。自作の精度を上げるために注がれる情熱には、恐れ入る。

「売れているといっても、日本の人口は1億2千万以上いるんだから、いまの部数は誤差のうちでしょう。絶対数では、読んでいない人の方がまだまだ多い。

だから、いいことが書いてあったからといって舞い上がるでもなく、酷評に落ち込むでもなく、その評価の背景をきちんと読んで、書き続けていくことが大事。

作家の仕事は、基本的にプロダクトアウト(作り手の理論や計画を優先させる)の世界ですが、ときにはこうしたマーケットイン(顧客が望むものを積極的に提供する方式)の視点を取り入れて……いったん好きなように書き上げた小説に、発表するまでに何度も何度も手を入れ、調整していくんです」

第一稿から完成まで、ときには5回、6回。赤ボールペンが3、4本なくなるまで推敲を重ねるのも、最大限、望まれる形で読み手に届けるため。「結局、『何のために書くか?』という問題ですよ」と、氏は言う。

「自分の中にある問題意識で、自分の問題解決のために書く、そういう小説もあるとは思うけど、僕は完全に、読者に買ってもらうために書いている。それが目的。自分の信条がどうだとか、前にも言ったように、正義が何だとか、そんなことは一切関係ない。登場人物に自分の意見を言わせようなんてことも、まったく思いません。

登場人物が魅力的で、読者がそれを面白いと思ってくれればいい。だから、どうすれば読者が楽しんでくれるか、そればかりをいつも考えているんです」

ちなみに、この稿を書いている時点での『空飛ぶタイヤ』の星は4.7(講談社文庫版・上下平均)。自身の書きたいものと、世の中からのニーズを折衷、融合させ、目指す完成像へ近づけていく。これもまた、「適当にやる」ことの、ひとつの理想的実践型といえるのだろう。

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