作家・池井戸潤が明かす「書きたいと思う小説の条件」

『空飛ぶタイヤ』映画化記念【前編】

6月15日より、池井戸潤氏の累計180万部超のベストセラー小説『空飛ぶタイヤ』の映画版が公開される。タイヤの脱輪事故を起こした小さな運送会社の社長と、「リコール隠し」に手を染めた巨大自動車メーカーの闘いを描いた、極上のエンターテインメント作品だ。公開を記念して、池井戸潤氏の特別インタビューをここに掲載――。

熱気と華やぎ

4月下旬、東京・有楽町の映画館。約800席を占めた満員の観衆は、完成したばかりの新作映画に惜しみない拍手を送っていた。長瀬智也が主演を務め、ディーン・フジオカ、高橋一生ら当代の人気俳優が脇を固めた『空飛ぶタイヤ』。主要キャストがずらりと顔を揃えた完成披露試写会は、熱気と華やぎに満ちていた。

その中に、原作者である池井戸潤氏の姿があった。作品のテレビドラマ化は数あるが、今作は初めての劇場公開作品である。

©2018「空飛ぶタイヤ」製作委員会(6月15日金曜日 全国公開)

「原作を読んだ人なら、『これ、2時間に収まるのか?』と思うでしょうね。でも、映画は、余分なところを削ぎ落として、原作のエッセンスを上手に抽出したうえで、監督なりの映像作品に組み立ててあったと思います。

長瀬さんは、運送会社の社長にしてはちょっと格好よすぎるんですが(笑)、長瀬さんなりの主人公像を、すごく研究して演じられていたと思う。『俺が戦わなくて、誰が戦う』と言う場面など、追い詰められた雰囲気がよく出ていましたよね。

ディーンさん演じるクールなエリート会社員像は、小説のイメージそのもの。高橋さんが演じた銀行員は賢い働きぶりでしたが、あれはたぶん公設秘書時代にいろいろ学んだからでしょう(笑)。(注・高橋一生は15年、テレビ朝日で放送された池井戸作品『民王』で、主人公の総理を補佐する秘書役に扮している)

それにしても、これだけキャストがいいと、逆に心配になりますよ。万が一、こけたときには『原作が悪かったからだ』と責められるになるんじゃないかと」

 

大型トレーラーからの突然のタイヤ脱輪により、痛ましい事故が発生。自動車会社側から整備不良を指摘され、社会的にも経営的にも窮地に陥った運送会社の経営者・赤松徳郎(長瀬智也)は、やがて事故の原因がトレーラーそのものの欠陥にあることを掴む。

一方、大手メーカーの販売部カスタマー戦略課課長・沢田悠太(ディーン・フジオカ)も、自社が抱える、ある闇の存在に気づく。人道と倫理、利益主義を天秤にかけて始まった、中小企業対巨大企業、その全面戦争の行方は――。

社会悪を暴きたいわけでなく

原作『空飛ぶタイヤ』が書かれたのは、今から13年前。リコール隠しなどの不正発覚が相次ぎ、企業のコンプライアンスが社会問題として取りざたされ始めた時期で、池井戸氏がそうした企業側の姿勢に疑問を抱いたことが、執筆の契機となった。

「あの頃はまだ、コンプライアンス、という言葉にちゃんとした訳語がなかったんです。僕が最初に聞かされたのは、確か『コンプライアンスというのは、後から調べられたときに、説明できないようなことはしてはならないことです』というような説明だった。

それが、いつの間にか『法令遵守』と訳されるようになったけど、ちょっとニュアンスが違うんじゃないか?と。

本作を執筆しているとき、法律に違反していなかったら何をやっても許されるのか、という問題意識が根底にあったので、僕の作品の中では『空飛ぶタイヤ』は、テーマ性の強い小説になったと思います。例外的にですが」

例外、という言葉には、少々意外な印象も受ける。池井戸作品イコール骨太な社会派大作、と受け取る読者は多く、実際、『空飛ぶタイヤ』の3年後に発表した『鉄の骨』ではゼネコンの談合の闇を取り上げ、「半沢直樹シリーズ」、『下町ロケット』シリーズなどのヒット作でも、経済や社会を巡る折々の時事が、作品には描き込まれてきた。

が、作家にとって、それは決して意図してのことではないのだという。

「『小説・○○事件』のように、特定の出来事を小説に仕立てているんじゃないかという誤解を受けることがよくあるんですよね。ときどき、池井戸なら社会悪を暴いてくれるんじゃないかと思ってしまう人がいて、『我が社ではこんなとんでもない問題が起こっています。連絡をいただければ詳細をお知らせしますので、ぜひ小説に』という話が持ち込まれることもあります(笑)。

でも、そんなふうにして小説を書いているわけじゃない。僕が書いているのは、あくまでもエンタテインメントなんです」