実は顔色だけで、あなたの健康状態はこんなに分かる

覆面ドクターのないしょ話 第17話
佐々木 次郎 プロフィール

「新宿の兄」と命名したい眼科医


「あなた、悩みがありますね。ほっといたらひどい目に遭うよ!」

テレビで占い師がこう言っていた。

「なぜわかるんだ?」

出演していたタレントに向けた言葉だったのだが、観ていた私がドキッとしてしまった。しかし、考えてみれば、誰にだって悩みはあるのだから、これはある種の誘導質問とも言える。

この番組を観ていて、まるで占い師のような眼科医の友人のことを思い出した。

 

彼の腕は一流だ。また弁舌に優れており、彼の話を聞いた患者さんはみな、まるで教祖様を見るような顔をするのである。

数年前、日本橋のある老舗に、医者仲間で集まって飲んでいたときのことだ。帰りしなに、店の女将さんから相談を受けた。

「うちの店長、まぁ、私の主人なんですが、最近目が悪くなって……どこかいい病院ないかなって言ってるんですよ」

「それはちょうどいい!」と言って、その飲み会に出席していた占い師(?)の眼科医を紹介した。

御主人の顔を見るなり、彼はこう言った。

「御主人、今までずいぶん苦労されましたね」

御主人もいきなり胸にグサッと刺さったような顔をした。

「え、ええ、まぁ」
「御主人、お客さんのことだけを考えて生きてこられたんじゃありませんか?」
「な、なぜわかるんですか?」
「美味しい料理を客に出したい一心で。だから自分の健康には気を遣ってこなかった……そうじゃありませんか?」
「な、なぜわかるんですか?」
「僕にはわかります」
「私は三代目なんです。先代・先々代の名を汚さぬように必死で……」
「わかります。御主人のその眼を見れば僕にはわかりますよ」
「な、なぜわかるんですか? 確かに、料理一筋で。だから健康なんか考えたこともなくて……」
「でもね、御主人。もうオペしなきゃダメですよ」
「えっ? 手術? そんな大げさな」
「御主人、僕には見えますよ。このままの生活を続けたらどうなるのか」

彼は自分の手を伸ばして御主人の目の前にかざし、目を細めて何かを透視しているようだった。傍〈はた〉から見るとミスター・マリックに見える。

「どうなるんですか?」
「来てます」
「何がですか?」
「悲惨な未来です」
「ヒエーッ!」
「あなたの目はもうかすんでますよね?」
「なぜわかるんですか?」
「目が濁〈にご〉ってます。僕にはわかります」

俺にもわかるよ、と、ついツッコミそうになったがやめた。

「失明するかもしれない」
「し、しつめい!?」
「御主人の眼は白内障です。その前に御主人、糖尿病あるでしょ?」
「どうしてわか……」
「やっぱり」

御主人は病気をどんどん言い当てられる恐怖から、まるで無理やりバンジージャンプに挑まされる高所恐怖症の男のように震えている。

「糖尿病ってねぇ、おしっこに糖分が出るだけだと思ってる人いるけど、全然違います。糖尿病はねぇ、諸悪の根源なんですよ……」

と説明して、さらに彼は言う。

「御主人、最近足が痺〈しび〉れてませんか?」
「なぜわかるんですか?」
「僕にはわかります。まさか足にジクジクした傷があるんじゃないでしょうね?」
「えーっ! なぜわかるんですか?」

その刹那〈せつな〉、彼はすーっと御主人に近寄り、距離を一気に縮めた。彼はその手で御主人の大腿の付け根を軽くトントンと叩きながら耳元でつぶやいた。

「御主人、あっちの方は元気なんですか?」
「いや、あっちは……もう」
「ダメなんでしょ?」

御主人は、悪事が露見した犯罪者のように青白くなってうなだれている。

「私はどうすればいいんでしょう?」
「僕にはわかるんです。オペしたら、どんな未来が待ってるかも」
「どんな未来ですか?」
「明るい! 明るいですよ!」
「明るい?」
「はい。まず、景色が違います。全然違う!」
「ほ、本当ですか?」

御主人の顔に、見る見る安堵の表情が広がる!

「次に食材が美しく見えます。そして包丁さばきにも狂いがなくなります。職人の誇りを取り戻せます」
「ほ、本当ですか?」
「だから放っといちゃダメ。今なら間に合う! 御主人、その腕がもったいない。一番悔しいのは御主人じゃないんですか?」
「そうなんですよ、もう、悔しくってぇ」

御主人の目からは悔し涙がにじむ。

「じゃ、オペしなきゃ。僕のホームページを見てください。外来にいますから、必ず来てください」
「行きます! おい、母さん、来週の予定、空けといてくれ」

すごい! 思わず聞き入っていた私も感動してしまった。

彼はまるですべてを見通す占い師じゃないか。彼が勤務する病院は新宿区にあった。占い師の「新宿の母」ならぬ「新宿の兄」だ。

経験豊富な名医は、こと病気に関しては、占い師以上の千里眼をもっている(photo by istock)

あの御主人は病院に行っただろうか? 病気が治ったのなら、またあの店に行ってみたいなぁ。「新宿の兄」の言う通りなら、御主人は澄んだ眼になり、職人の誇りを取り戻して、これまで以上に旨い料理を出してくれるだろうから……。

(初出・アプリマガジン「小説マガジンエイジ」)