北朝鮮問題に米中貿易紛争……最近の北東アジアは事態の変化が目まぐるしくて、日本は舞台に上がれずに観客の立場を余儀なくされている気がする。
しかし、苦労しているのは日本だけではない。中国の習近平氏も緊張を強いられているはずだ。以下では習近平、中国から見た目下の国際情勢、とくに北朝鮮問題について論じたい。
筆者は中国の北朝鮮政策について、過去に以下のような仮説を置いてきた(注1 )。
1)過去中国の北朝鮮政策は、朝鮮戦争の戦死者にまつわるタブーに縛られて、北朝鮮に厳しい態度を採れなかった。
2)習近平は「北朝鮮の核・ミサイル開発は中国にとっても脅威である」という判断の下、制裁の厳格実施、米国との協力などで伝統的な北朝鮮政策の軌道を修正した。
3)中国のこの方針変更は北朝鮮や韓国の危機感を高めて両国の態度変更を呼び起こした。
しかし、今年初めの金正恩の平和攻勢開始以来、習近平の北朝鮮政策にはさらに新たな変化が起きている。
3月下旬の金正恩との首脳会談では、北が主張する「段階的、同時(履行)的な非核化」に支持を与えただけでなく、「両国の父祖達が築いてきた伝統的な中朝の友誼」という、それまで避けてきた話法(注2)も復活させた。
これでは昔の北朝鮮政策に逆戻りしたかのようだ。
逆戻りが起きた理由を説明するために、新たな仮説を2つ加えたい。
1.金正恩の立場が強くなった
報道によると、過去中国から訪中を招請されても無視してきた金正恩だったが、トランプが米朝首脳会談に応じるや態度を一変、「早く訪中したい」と申し入れてきたという。中国も直ちに受け入れを決め、全人大終了後間もない3月25日に金正恩が訪中した。
金正恩の訪中について、世間では「トランプとの首脳会談はまたとないチャンスだが、同時に不安になって中国に頼りたくなったため」という受け止めがされているようだ。
交渉立場を強くするために習近平に後見人になってもらいたいのは事実だろうが、他国に頼み事をすれば、付け入られて支配される元にもなる。北朝鮮と中国は、ナイーブに頼る気にはなれない歴史的な相互不信の関係である。
金正恩が訪中する気になったのは「米朝首脳会談」によって、北朝鮮の中国に対する立場が強くなったと感じたためだろう。「中国が今後も北朝鮮に厳しく当たるつもりなら、南北朝鮮と米国の3ヶ国だけで話を付けるがそれでも良いか」とでも言いそうな・・・。
習近平も北朝鮮を信じてはいない。「仮に中国が北朝鮮に厳しく当たる一方で、トランプが『北朝鮮の体制を保障する』と言うと、金正恩は『我が国がアメリカのために中国探題の役割を買って出ます』くらいのことを言い出しかねない」……そんな心配をしているかもしれない。
習近平は、トランプがやすやすと米朝首脳会談に応じたせいで、姿勢を転換させられて不愉快だろうが、半島の命運を決める場で「蚊帳の外」に置かれる訳にはいかない。
ここは北朝鮮の求める(後見人の)役割を果たすことで「蚊帳の内側に入」ろうとするしかないであろう。
ただ、「段階的、同時(履行)的な非核化」は支持するが、「誤魔化して核を退蔵しても大目に見るよ」とか「国連制裁決議に違反しても貿易を再開してあげる」といった言質は与えないと思う。
北朝鮮をそこまで信じてはいないし、対米関係上のリスクが大きすぎるからである。地方政府は制裁抜け駆けを大目に見ようとするだろうが、北京の中央がどこまで目を光らすかが鍵だ。
2. 国内保守派の不満
習近平が「両国の父祖達が築いてきた中朝の伝統的友誼」といった話法を用いたことには、もう1つ別の理由がある。習近平が昨年から採ってきた北朝鮮政策、とくに米国との協調路線に対する国内の保守・強硬派の反発が表面化してきたようなのだ。
昨年4月の米中首脳会談以降、習近平の対米協調ぶりは、いっときトランプの高い評価を得たが、国内では「米国に媚びを売って、友邦北朝鮮を邪険にしている」といった不満が伏在した。最近米国で「台湾旅行法」が成立したことは、この不満のガス圧をさらに高めたようなのだ(注3)。
「トランプに協力してきた結果はどうだ? 貿易戦争を仕掛けられているだけでなく、台湾旅行法で『一つの中国』原則まで踏みにじられた。だから言わんこっちゃない!!」
「権力を確立」した習近平を批判することは簡単ではないが、台湾旅行法がきっかけになって、そういう声が体制内で挙がり始めたのではないか。習近平はそんな気配を察して、北朝鮮に対する修辞を修正したのではないか。
昨今は「習近平の権力集中」ばかりが語られるが、現実はそう単純ではなく、「失策」があれば政権を揺さぶろうと目論む勢力は今も雌伏しているのだろう。