カンヌ最高賞・是枝監督「万引き家族」が問う、いびつな家族のきずな

「家族を描く理由」を本人も知らない
井戸 まさえ プロフィール

いびつな家族をどう普遍化するか

是枝監督がなぜ「家族」にこだわり作品を作るのかを問えば、本人にも理由はわからないと言う。

「家族の作家」だと自分で決めてやっているわけではない。ただ、最初にやろうと思ったのが「誰も知らない」だったことが影響していることは間違いないとも言う。

今後も家族の物語は描き続けるかもしれないが、自分が子どもだったとき、誰かの子どもだったときに描けるものと、親を失ったとき、子どもができて親となってから作るものは変わる。もちろん変わらない人もいるだろう。

しかし是枝監督の場合は「気がついたら変わっていた」と言う。

 

親が亡くなり、次の世代が生まれ……家族という共同体はある種の新陳代謝を繰り返していく。家族は前の世代を先の世代に反転させながら渡していく器という感覚は、自分が子どもをもって納得できたとも言う。

欠損、つまりは死に象徴される別れが必ずしもマイナスではなくて、それは別の何かで埋まっていく可能性として開かれたのだと捉えると、家族は動的な存在になる。

その欠損に機嫌良くはまり、動く家族を回すのは、時に外から見ればイレギュラーな人かもしれない。外から見れば「いびつ」。しかし、内から見ればそのいびつさゆえに「円満」が保たれる。

「万引き家族」はこうした動的で、いびつな「家族」をどう普遍化し、外へ開いていくかという作業を意識的にやってきた是枝監督にとって、行き着く先として至極当然な場所だったのかもしれない。

「家族愛」とは何かと問うと、今回はあえて「性愛」の部分にもこだわっていると答えてくれた。

6月8日の公開が楽しみである。