養老孟司が語る「デジタル化する世界」を生きる人々への処方箋

第22回ゲスト:養老孟司さん(後編)
島地 勝彦 プロフィール

すべてを管理できるという思い上がり

島地: ユーモアも0と1の間にあるものですね。今の世の中、生真面目すぎるというか、杓子定規すぎてユーモアを挿し挟む余裕もないように感じます。何か不用意なことを言うとすぐに「炎上」しますよね。

養老: 第二次世界大戦中、イギリス政府がつくった広告宣伝用のパンフレットにおもしろいものがあります。イギリスの船が、オーストリアから「カモノハシ」をロンドンに運んだ、というもの。

日野: カモノハシって、あのカモノハシですか?

養老: 当時、イギリスはドイツの潜水艦に手を焼いていて、商船も狙われていました。もし「カモノハシ」をオーストリアから船で運ぶことに成功したら、「海路はイギリスが押さえている」とアピールできますよね。

ひょっとするとチャーチルが考えたのかもしれませんが、とにかく、戦争中でもこれだけのユーモアを受け入れる余裕がイギリスにはあったということです。

島地: 今の日本にはそうしたユーモアはなかなか見られません。どうしてこんなに真面目で窮屈な社会になったのでしょうか。

養老: アメリカの影響が大きいでしょうね。あの国は健康志向が宗教みたいになってるでしょう。

日野: ああ、確かに。健康信仰というか、ストイックで「あれもダメこれもダメ」とする不寛容なメンタリティは、確かにアメリカ式の受け売りのような気がします。

島地: 太っているのは自分で健康管理ができていないからだ、というんですよね。そういう面もあるかもしれないけど、だから健康だ、ダイエットだ、菜食主義だというのは、ちょっと極端すぎます。

養老: 一種の差別にもつながりますよ。自堕落な生活で太っている人もいると思いますが、体質的にどうしようもない人もいるわけで、それを無視して「太っている=自己管理ができていない」というのは、いかにも乱暴です。

便利になった反面、恐ろしさもある

島地: デジタル化と同じように、0と1だけで判断している、と。日本は、特に政治はトランプと同様に「アメリカ・ファースト」の傾向が強いから、どうしても影響を受けてしまうのでしょう。

日野: 医学でも、東洋医学は0と1の間を意識していますが、現代の西洋医学はデジタル化の方向に進んでいる気がしますね。

島地: 知り合いがガンの手術を受けたんですが、その場にいたのは人間の医師ではなくロボットだったそうです。すごいというか、恐ろしいというか。

養老: デジタル化が最初に進んだ領域の一つが医療なんです、実は。今は患者の顔を見て判断するのではなく、検査データを根拠に治療法を決めるケースが増えています。受けたことがあるかわかりませんが、CTスキャン、あれは写真ではありません。

島地: え!? 人体を輪切りにした写真ではないんですか?

養老: あれは、移動しながらX線を照射して、透過したところ、しなかったところを数字であらわした「データ」です。それを見やすくするために、写真の形でプレゼンテーションしているだけ。人間の体をそのまま写したものではありません。

島地: そうなんですか。初めて知りました。

日野: ぼくもてっきり、輪切りにしながら撮影しているんだと。というより、そこまで深く考えていませんでした。

島地: デジタル化、そしてテクノロジーの進歩で、生活が便利になったことは認めるし、医療も高度化しているのは間違いと思います。でも、ぼくが古いアナログ人間だからなのか、どこかに「得体の知れないもの」という怖さがあるのも事実です。

例えば、原発は夢のエネルギーといわれながら、いったん福島のような事故が起こると人間にはどうすることもできません。原子や遺伝子など、神様がつくった最小のものをいじるのは、いくら科学の進歩のためとはいえ、行き過ぎなんじゃないでしょうか。