養老孟司が語る「西部邁さんの自裁死は、不寛容な日本の象徴です」

第22回ゲスト:養老孟司さん(前編)

週刊プレイボーイの黄金期を築いた伝説の編集者・島地勝彦が、ゲストとともに“大人の遊び”について語り合う「遊戯三昧」。第22回目となる今回は、ご存じ養老孟司さんをお迎えして、現代社会を蝕みつづける「不寛容」の精神について考えます――。

半月の船旅で久しぶりに…

島地: おい、日野! 今回の対談相手はかなり手強いお方だから、お前も心してかかったほうがいいぞ。

日野: 養老孟司先生の知性に、はてシマジさんはついていけるんでしょうか。

島地: 博識なうえに、ものの見方がひねくれ、じゃなくオリジナリティにあふれているから一筋縄ではいかないだろうけど、それがこの対談のおもしろさだからな。おお、先生、お久しぶりです。

昨年末に出された『遺言。』、大変興味深く拝読いたしました。

養老: それはどうも。まえがきにも書きましたけど、本を書くのは久しぶりでしたから、意図がちゃんと伝わったのかちょっと心配なところもあります。

日野: 毎年、けっこうなペースで出版されている気がしますけれど?

島地: 自分で原稿を書くのは久しぶり、という意味ですよね。

養老: そういうことです。『バカの壁』以来、味をしめたといいますか、私がしゃべって編集者とライターが文章にする、いわゆる「語り下ろし」というスタイルばかりだったので。

島地: 何かきっかけがあったんですか? 「このテーマだけは自分で書いておきたい」というような。

養老: いや、気まぐれですよ(笑)。

じつは一昨年の暮れに半月ほど船旅をしたんですね。家内とその友人たちとのお付き合いだったんで、洋上にいる間、私は特にすることがない。それなら久しぶりに本でも書いてみようかと。船旅は刑務所みたいなもので、どこにも出られないから、集中して書きものをするにはもってこいの環境でしょう。

島地: それでできたのが『遺言。』。ドキッとするタイトルですね。

養老: 実際のところ、そろそろ本を書きたかった、というのはあります。というのも、ぼくももう80歳になりますから、ぼちぼち死んでもおかしくない年齢だし、ここらで言い残したことを書いておくのもいいかなと。

ただ、当面死ぬ予定はないので、続編があるかもしれませんが(笑)。

自裁死は現代人の傲慢である

島地: この本を読みながら考えたのは、西部邁さんのことでした。今年1月、急な訃報に驚きましたが、あのとき養老先生はどう感じたのかと。

養老: 彼とは付き合いがありましたから、「馬鹿野郎! 死ぬな!」というのが正直なところです。

島地: 娘さんと食事をして、その夜、多摩川に入水したようですけど、以前から「死にたい」ともらしていたらしいですね。奥さんに先立たれ、持病もあり、いろいろ考えるところはあったのでしょう。

日野: 遺書には「家族に介護などで面倒をかけたくない」とあったようですね。

島地: いわゆる「自裁死」、自分で自分の生涯を閉じた、と。

養老: 東大の教授を辞めるときもそうだったんですが、自分で勝手に決めてしまうところが、ぼくはどうも腑に落ちないんです。家族に面倒かけたくないというけど、生きてる間もさんざん面倒かけてきただろうに、と言いたいですね。それが生きるってことでしょう。

島地: 奥さんに先立たれ、その後に自裁ということで、江藤淳さんを思い出しました。

養老: あの二人には小柄という共通点もあります。小柄な人は時に周囲に対してツッパる部分があって、歳を取って体が弱ってくると、どうも気弱になる場合があるようです。

島地: ツッパることができなくなって、自分がちっぽけな存在に思えてくるんですかね。

養老: 自分から死のうなんて考えちゃだめですよ。自分で人生を精算できるなんていうのは、現代人の傲慢です。

日野: シマジさんにはそういう回路がそもそもないから心配なさそうです。