Photo by iStock

横山やすしの息子が明かす「やっさんトンデモ伝説」

ちょっとアメリカまで飛行機買いに行こ

修学旅行にやってきた父

―“天才漫才師”として昭和の漫才ブームを牽引した一方、型破りな生き様を貫いた横山やすしさん。『父・横山やすし伝説』では、その知られざる素顔が息子である一八さんの視点から語られています。

親父は51歳の若さで亡くなりましたが、実は祖父も50代で亡くなっているんです。昨年、僕も48歳となり、「親父の死んだ歳に近づいてきたな」と思っているうちに、父と僕が本当はどんな人生を送ったのか、書き残しておきたくなったんです。

僕自身は結婚していませんが、末の妹には3人の子どもがいます。その子たちに「おじいちゃんやおっちゃんは、どんな人やったのか」を伝えたいという気持ちもあった。僕にとってこの本は「遺言書」なんです。

―一八さんがやすしさんと暮らし始めたのは、10歳の頃からでした。

僕の生みの母と父は別居していたので、小さい頃の僕は母親と一緒に静岡で暮らしていたんです。

その頃は、横山やすしという漫才師の存在すら知らなかったんですが、10歳の頃、親父に引き取られることになった。ただ、僕は14歳で独立したから、親父と一緒に住んでいたのは4年間だけなんです。

―その短い期間にも、仰天するような出来事がいくつもありました。

ずっと離れて暮らしていたせいか、親父は子どもが心配で仕方なかったようです。たとえば僕が小学生の頃、修学旅行で広島県の宮島に行ったら、なぜか親父がいるんです。「おう、ちょっと通りかかったんで、来たったわ」なんて言ってましたけど、嘘つけって(笑)。

 

ちなみにその修学旅行のときは、親父に言われて白いスーツを着て行ったんですが、あれは恥ずかしかったな。妹は学校の行事用に真っ赤なチャイナドレスをプレゼントされたこともあります。ありえないセンスの持ち主でしたね。

―アメリカに飛行機を買いに行くという豪快な逸話も紹介されています。

僕が中学2年の時でした。学校から帰ると、「一八、ちょっとアメリカに行って飛行機買うから、お前、見届けろ」と言い出し、銀行で7000万円もおろして、そのまま行ったんです。

親父は英語なんてできないから向こうでも日本語でまくし立てて、1500万円くらい値引きさせた(笑)。

その飛行機に乗って初日の出を見に富士山まで行く、というのが我が家の恒例行事だったんですけど、大晦日は友達と遊びたかった僕には苦痛でした。

乗り物酔いする妹なんか、飛行機に乗っている間中、下を向いていて景色なんてほとんど見ていない。それでも親父は、「こんな初日の出、普通の人には見られへんど」って上機嫌でした。