トランプの「イラン核合意離脱」で、米国から世界が離脱する

中東に劇的変化が起きるわけではないが
河東 哲夫 プロフィール

合従連衡は中東の常

中東では、ペルシャ(イラン)、アラブ、トルコが中世以来の基本的な対立軸を形成、それにイスラエル、クルド等の内部勢力、そして米国、ロシア等の外部勢力が加わって、複雑な合従連衡、離合集散のゲームを繰り広げている。

そこでは、イスラムが重要、かつ独特の要素であるかのように喧伝されるが、宗教は現世の利権に直結しているので、イデオロギーと言うより政治そのものとなる。

シーア派の原理主義的なイデオロギーが勝ると言われるイランでも、利権、特権に邁進するのはイスラム宗教者である。イスラム諸国の政府は、宗教的・原理主義的理念より、利害、打算で動くのである。

スンニー派vs. シーア派、イスラエルvs. アラブという対立軸は絶対的なものではない。2015年、イラン核合意が成立した頃から、サウジ・アラビアとイスラエルの間での緊張緩和の兆候がしきりに報道されるようになった。

当時、オバマ政権とイスラエル、サウジ・アラビア双方との間では、パレスチナ問題、イランへの対応をめぐって隙間風が吹くようになっていたので、それまでは表向きは犬猿の仲同士の両国が接近すると共に、ロシアとも関係を強化し始めたのである。

この状況が、トランプの登場で、またがらりと変わって、「イランを叩いてもよくなった」。

シーア派の多いイラクを影響下に置き、シリアのアサド政権を自分の革命防衛軍で支え、レバノンで過激派組織ヒズボラを支援、かつパレスチナのハマスとも関係を有するイランは、近年のイスラエルとサウジ・アラビアにとって脅威度を増していた。

2016年1月、サウジ・アラビアによるシーア派宗教指導者の処刑をめぐり、テヘランの同国大使館が襲撃を受けたことで、サウジ・アラビアとイランは断交に至った。

他方、サウジ・アラビアとイスラエルの関係は、トランプの下でさらに進んでいる。

今のトランプの米国はイスラエルとの関係を異常に重んじており、米国への依存度を高める今のサウジはそれに乗るしかない。

同国の若い野心的なサルマン皇太子が、その急速な出世で国内の王族の多数を敵に回し(4月22日にはクーデター未遂があったようである)、自分の権力と、国の安全保障を確保するには米国の支援とイスラエルの同意が不可欠なのだ。サウジ・アラビアは国防費は大きいものの、その軍隊の実力は低い。

近年ではロシアが中東での地歩を強化していることが喧伝されるが、ロシアは米国という存在があって初めて価値の出る勢力(つまり当て馬)で、ロシア単独では中東諸国の安全と発展を請け負う力はない。

 

もはや中東は国際政治の脇舞台

今、原油価格が上昇していることは、サウジ・アラビアを強気にするかもしれない。しかし、その時、米国でのシェール・オイルの生産も急増して、価格を下抑えしてくるに違いない。従ってサウジ・アラビアは親米路線を捨てないだろう。

イランに対するサウジ・アラビアの姿勢は、どこまで硬化するだろうか。

サウジ・アラビアの外相は、「イランが核武装するなら、サウジ・アラビアも当然……」という趣旨を公言したが、これは口先だけの話し。事態はまだそこまで行っていない。

あるとすれば、イランへ向かうイスラエルの戦闘機がサウジ・アラビアの基地、あるいは上空で給油するのを認めることで、イスラエルのイラン攻撃を間接的に助ける程度であろう。

イランは、再交渉というトランプの要求には応じないだろう。トランプの米国をいなして、EU・中国等と米国の制裁を回避する道を探っていくことになろう。

だから今のイランが中東全体の情勢を揺らしたり、ホルムズ海峡通航妨害の挙に出たりする可能性は小さい。

ただイラン国内には、利権・路線闘争がある。保守派とそれを担ぐ革命防衛隊が何かをしかけて――例えばシリアの米軍をたたく等――、政府と米国の関係を悪化させようとすることはあるだろう。

そのシリアではイスラエルが、アサドを支援するイランの革命防衛隊勢力への攻撃を強化する可能性がある。

またイスラエルは、エルサレムへの米大移転に反対するパレスチナ人が暴力行動を続けているのを奇貨として、この機にハマス勢力の殲滅をはかろうとするかもしれない。

これまでの中東情勢は、米国が政策を変更すると地域の諸国がそれに応じて合従連衡の構造を変える、ということに、その基本があったと思う。

トランプ外交の本質は、”detach”つまり地域の問題は地域諸国に解決させることにある。中東原油の意義が減じた今、中東は国際政治の脇舞台に移行する時なのかもしれない。

なお中国は石油の大口輸入国、かつ2015年イラン核合意のメンバーであるが、かつての日本と同様、中東諸国からはカネに目をつけられているだけで、地域の情勢を動かす力はないだろう。