「昔の家族は良かった」はウソなのに…なぜ国家が家族に介入するのか

「子どものいる家族」をめぐる50年史
広井 多鶴子 プロフィール

1970年代〜核家族批判の登場と広がり

ところが、1960年代半ばごろから、研究者の間から近代化や産業化、都市化そのものへ懐疑が出されるようになる。

高度経済成長期を迎え、子どもをめぐる様々な問題がもはや戦後の混乱では説明がつかなくなる中で、近代化や産業化、都市化、核家族化に対する期待や楽観論が消え、近代化や都市化、核家族化そのものが問題を孕んでいると捉えられるようになるのである。

1970年代に入るとそうした核家族化批判が徐々に広がり、政策も突如あからさまに核家族化を批判するようになる。

中でも、児童憲章20周年を記念して、「子どもと社会」と題する特集を組んだ1971(昭和46)年版の『厚生白書』は、核家族化や親の養育態度を大々的に批判したはじめての白書と言えるだろう。

この71年版『厚生白書』は、「問題親に影響される児童」と題する項目を設けて、次のように核家族化と親を手厳しく批判した。

家庭環境をめぐる最近の持続的な変化としては、世帯規模の縮小と核家族化の進行により、きようだいに恵まれぬ児童、祖父母との接触がない児童がふえており、多角的な人間関係のなかで育つ機会に乏しいことがあげられる。(総論序章4)
児童の養育は、第一義的には両親の責任にゆだねられているのに、しつけに自信の持てない親、育児意識の低い親、過保護の母親、放任の父親など、児童の健全な成長をそ害する原因が親にある場合がみられるのである。(厚生省『厚生白書』1971年版 総論第2章第1節1)

こうした核家族化批判によって、60年代までの直系家族への批判は忘れられ、核家族を理想化する核家族論もかき消されていく。

その結果、かつて祖父母が育児の実権を握っていることが問題にされていたはずが、祖父母はまるで育児の「援助者」や「協力者」だったかのようにイメージがすり変えられた。

そして、核家族はそうした祖父母の助言や援助を失った孤立した家族だと考えられるようになった。

 

あれほど祖父母が子どもを甘やかすと批判されていたことも、なぜかすっかり忘れられた。代わって、核家族では親が子どもを甘やかすとされ、過保護、過干渉、甘やかしが、まるで核家族の親の特徴であるかのように見なされた。

また、以前は直系家族の人間関係の「複雑さ」が子どもの人間形成にとってよくないとされていたはずが、今度は、核家族の「単純さ」がよくないと言われるようになった。核家族では「多角的な人間関係のなかで育つ機会に乏しい」というのである。

さらに、かつて、因習に基づく育児は非科学的で不衛生だと批判されていたにもかかわらず、核家族化によって子育ての「伝統」や「慣習」が断ち切られたことが問題だと言われるようになった。

そして、それゆえ今の親は育児の方法を知らず、育児書に頼ってばかりいる自信のない親であると見なされた。

こうして70年代以降、子育て中の親はさんざん批判されるようになった。核家族化による「家庭の教育力の低下」や「教育機能の低下」は、70年代に広まった言説だったのである。

今日に至るまで、およそ50年にわたって、同じことが言われ続けてきたことになる。