いじめ研究の第一人者が問う、日本の学校が染まる「全体主義」の核心

だから「いじめ自殺」が起きてしまった
内藤 朝雄 プロフィール

旧ソ連の指導者ニコライ・ブハーリンの次の言葉は、この全体主義の「教育熱心」な本質を言い当てている。

 「たとえいかに逆説的に聞こえようと、プロレタリア的強制は――死刑執行から強制労働にいたるそのあらゆる形態において――資本主義期の人間という材料から共産主義的な人間[性]をつくりだす方法なのだ」(アイザイア・バーリン『自由論』みすず書房)。

かつての左翼活動家は「社会変革は自己変革、自己変革は社会変革」というスローガンを好み、連合赤軍は「人間の共産主義化」と革命を同一視し、「教育熱心」な集団リンチにはげんだ。

戦争中の日本では、一人ひとりが「日本人らしく」天皇の赤子になりつづける「くにがら」を守ること(国体護持)が、何よりも重視された。一人ひとりの命は鴻毛(羽毛)のように軽い。カミカゼ自爆攻撃などで死ぬ瞬間こそが、人として生まれた最高の栄誉であり、花が咲いたような生のきらめき(散華)でなければならない(「世界が警戒する日本の『極右化』」参照)。

このような教育熱心、あるいは教育の暴走が、全体主義の特徴である。旧ソ連も、ナチス・ドイツも、北朝鮮も、そして戦時中の大日本帝国も、人間を根底から別のものに変える教育に熱心である。安倍政権が、歴代政権のなかでもきわめて教育に熱心であるのも、全体主義をめざす政治集団の特徴と考えることができる。

全体主義が人間を分類し、位置づけ、操作する方法は多岐にわたり、その経験は蓄積され、磨き上げられていく。

 

「発達障害」のラベルを貼られ…

その方法として精神医学が使われることもある。

たてまえはともかく実質的に「やっていること」として、精神医学は、学校にあわない人を「病気」や「障害」として扱い、学校に適合するよう操作を加えてきた。つまり、人間を学校の集団生活にあわせてつくりかえることを目標とするのである。

そのため、学校に行かない、学校の集団生活にあわないという理由で、人のこころを変える治療をしたり、精神を変える薬を飲ませたり、精神病院や施設に収容したりすることがある。

くりかえすが、これは旧ソ連の精神科医が、共産主義にまつろわない人を精神病院に入れて治療するのと同じことである。

精神分析、「分裂病」、境界例・自己愛障害、軽症なんでもうつ病、そして発達障害など――精神医学の分類、位置づけ、操作のセットは、ときどきの流行でうつり変わっていく。

これら流行の枠組は、次の新しい流行まで適用範囲を拡大しつづけ、多かれ少なかれ誰にでも当てはまる人間類型のようなものになるころに、飽和し、飽きられ、次の流行があらわれる。

現在は発達障害の流行期にあり、診断数が急増している。

学校にあわない人、学校が「こまる」とみなした人は、かつては分離不安、情緒障害などとレッテル貼りされることがあったが、現在では「発達障害」というラベルを貼られるようになった。

診断数が急増したのは、学校固有の「こうでなければならない・ああでなければならない」を基準点として「こまり」がつくりあげられ、それが「発達障害」流行により精神科受診につなげられ、診断がなされるからである。

いまほど平和な時代はないけれど

さて、ここで不思議な現象を説明しなければならなくなる。

露骨なしかたで学校全体主義と一体化した(典型的には【事例1】のごとき)従来の精神医学に対し、20世紀後半の人権革命のなかで、「人間にやさしい」傾向の精神医学が相対的に有力になってきた。

スティーブン・ピンカーは、人類はきわめて残酷であったのが、数万年、数千年、数百年、数十年の何段階かの変化を経て、過去にくらべて信じられないほど平和になったと論ずる(スティーブン・ピンカー『暴力の人類史(上・下)』青土社、ピンカーのTED講演)。

特に20世紀後半、先進諸国は、人口の多くを占める中流階級を中心として、残酷を嫌い、人間の尊厳を中心とする、リベラル・デモクラシーによる市民社会の絶頂へと進んでいった(現在それが、世界同時後退ともいうべき様態で破壊されつつある)。

いじめ、児童虐待、教員による暴力、セクシャル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンスなど、今まで電柱のシミのように「あたりまえ」すぎて目の前にあっても見えていなかった<人間の尊厳に抵触する項目>が、次々と問題化されるようになる。

日本で起きた、さまざまな領域での人権に関する変化も、この世界的な潮流のなかのひとつであり、精神医学もこの流れのなかで変化してきた。

精神医学は、ほんの数十年前には多かれ少なかれ【事例1:他罰的な子へのいやがらせ】が典型例となるような傾向を示していたと思われる。ところが、現在の「発達障害」領域のリーダーたちは、【事例1】のタイプとは正反対の見解を示し始めた。

それは、木に竹を接ぎ、新しい酒を古い革袋に入れるようなしかたでではあるが、大きな進歩であるといえる。