ホメオパシーが普通の医療より「優れていた」理由をご存知ですか

ラボ・フェイク 第1回
伊与原 新 プロフィール

「何の治療も施さない」群より優れている?

ホメオパシーもまた、メスメルの磁気療法と入れ替わりに登場した代替療法の一つだと見なすことができるだろう。そして、それが成功をおさめたことに何ら不思議はない。ホメオパシーは、当時の標準医療よりも治療成績の点で優れていたと考えられるからだ。

19世紀前半に先見の明のある医学者がいて、現代風の臨床試験をおこなったと仮定してみよう。ある特定の疾患の患者だけを集め、ランダムに二つのグループにわける。グループAには、標準医療である瀉血をおこなう。グループBには、ホメオパシーのレメディを投与する。そして、両グループを同じ環境において経過を観察する。

 

グループBのほうがよい治療成績を示すのはほぼ明らかだ。レメディには薬効成分こそ含まれていないものの、少なくとも患者に害を及ぼすことはない。一方、グループAに施された瀉血は、効果が期待できないばかりでなく、患者の体に深刻なダメージを与える可能性が極めて高いからだ。

では、その二群に加えて「何の治療も施さない」グループCを設けてみたら、どうなるだろうか。グループCは、瀉血のグループAよりはよい成績をおさめるだろうが、ホメオパシーのグループBに比べるとわずかに劣るかもしれない。

ホメオパシーには「プラセボ効果」があることが知られているからだ。有効成分が入っていない偽薬(プラセボ)を服用することで見られる治癒効果のことで、心理的な作用によって痛みや不快感などが緩和されると考えられている。このことについては、次回あらためて取り上げたい。

以上見てきたように、医療がまだ闇に閉ざされていた時代にあっては、ホメオパシーにも一定の役割があったといえなくもない。だが、医療の世界にも科学のロウソクが灯され、その炎が大きくなるにつれ、ホメオパシーはその価値を急落させていった。

そして、20世紀の半ばまでには、メスメルの動物磁気説同様、蒙昧な時代の奇説として闇の奥に葬り去られるかに見えた。しかし、初めに述べたとおり、現状はそうなっていない。

甦ったホメオパシー

科学的には”死んだ”はずのホメオパシーは、ゾンビのように甦り、再び世界中で増殖しつつある。その背景にあるのは、今回もまた、標準医療に対する不信と幻滅ではないか。

現代の標準医療は、紛れもない科学である。その効力については、ほとんど疑う余地がない。同時に、科学である以上、標準医療はその限界を自ら認める。できることとできないこと、わかっていることとわからないことを峻別するのは、科学の基本だからだ。

また、科学はその性質として、現象を一般化したがる。病院では、特徴的な症状だけが抽出され、ベルトコンベア式の検査で異常が数値化され、データベースに当てはめられて診断と治療法が決定される。患者は、自分の体に起きていることすべてを主治医が理解しようとしてくれているという実感を持つことができない。

これほど医学が発達した現代にあっても、人々の不満は尽きることがない。「根本的な治療法がないとは、いったいどういうことだ」「どこも悪くないと医者には言われたが、調子が悪いのは確かなんだ」「ここまで薬漬けにされて、体にいいわけがない」

そんな人々の耳もとで、ホメオパスはささやく。「そんなときは、ぜひレメディをお試しください。ホメオパシーは、ナチュラルで、ホリスティック(全体的)で、あなた自身の生命力を呼び戻す療法なのです」

そして、体調から体質、性格にいたるまで、長い時間をかけてこと細かに聞いてくれるだろう。もしかしたら、それだけで満足する人もいるかもしれない。そのあと処方されるのは、”あなたにぴったり合った”いくつかのレメディだ。だが、支払う代金は、とてもその効果に見合うものではない。レメディは、ただの砂糖玉なのだから。

ヨーロッパの国々で、ホメオパシーが医療現場で用いられたり、健康保険が適用されたりしているのは、科学軽視の態度というより、国民のニーズがそれほどまでに強いという側面があるようだ。

欧米の人々がこの現代に再びホメオパシーを受け入れたきっかけ、あるいはホメオパスたちを勢いづける理由となったであろうことが、実はもう一つある。先にも触れたが、ホメオパシーにはプラセボ効果だけでは説明できない効能があるという論文が、『ネイチャー』と『ランセット』に掲載されたという件だ。

これら二編の論文は、「科学的確からしさとは何か」について考える格好の材料だと思われるので、次回はその話題から始めたい。

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