最新VRが逆手にとる「視覚の死角」

驚異のリアリティはどう生み出されるのか
西田 宗千佳 プロフィール

ただし、当時のVR機器はきわめて高額で、一部の大企業や大学などの研究でしか使うことができなかった。リアルタイムでCGを扱えるコンピュータが高価だったこともあるが、「自分が別の世界にいる」と感じられるほどの没入感を低価格で実現する技術が存在しなかったことも大きい。

それから25年以上が経過し、コンピュータの性能は圧倒的に向上した。

手のひらに収まるサイズのスマホでもリアルなCGが生成できるほどの性能の進化と、「人間の視覚をだます」発想の転換が起こったことが、今回のVRブームにつながっている。

1990年代、VRを実現するには数百万〜数千万円のコストがかかり、とても一般家庭に持ち込める状況にはなかった。だが今は、ほんの数万円で驚くほどの「仮想現実」を実現できる。その結果、開発者や参入企業が劇的に増え、90年代とは比較にならないほど大きなムーブメントになろうとしている。

低価格化によってムーブメントになる
  低価格化によって一大ブームへ Photo by iStock

「視野の真ん中だけ」をしっかり描くトリック

「Oculus Rift」によって提唱されたVRへのアプローチは、ある意味で「コロンブスの卵」のようなものだった。パソコンだけでなく、スマホでも実現可能な手法であり、さまざまなVR機器が雨後の竹の子のように登場してきた。

だが、実際に快適に仮想現実を楽しめるものは、実はそう多くない。単に「視界を映像で覆う」だけでは、人間は強い「酔い」を感じることが多いからだ。

ほとんどのスマホやパソコンは、テレビと同じように毎秒60回、映像を書き換える。だが、首の動き(視線方向の変化)に合わせて映像を自然に書き換えようとすると、毎秒60回では足りないのだ。さらに、残像が生じてしまうと不自然に感じるため、これもまた酔いにつながる要因となる。

これらの問題を避けるため、各コマの間に「黒」を挿入してキレをよくしたり、毎秒の書き換えコマ数を90コマや120コマに増やしたりと、さまざまな工夫が加えられてきた。

しかし、これで大丈夫……といえるか、というと、実はそうではない。こんどはコンピュータ側の問題が出てくるのだ。毎秒90コマや120コマで精緻なCGを描こうとすると、パソコンにはきわめて高い性能が要求される。

ゲーム専用の高性能パソコンならなんとかなるが、すべての人に使ってもらう汎用サービスには向いていない。VRの理想は、メガネのように軽い機器の中にすべての機能が入り、誰でも気軽に使えるようになることだ。高い性能が求められる状態では、小型化・低価格化は容易ではない。

……というわけで、VR機器の開発企業には、さらなる工夫が求められることになった。

そこで考案されたのが、次の図だ。なんだかカラフルな樽のような不思議な模様が描かれている。ほとんどの人には、なんの図だかさっぱりわからないだろう。これは、「Foveated Rendering(中心窩レンダリング)」という技術の説明図である。

中心窩レンダリング
「Foveated Rendering(中心窩レンダリング)」手法の説明図
上図は、VRにおける映像処理の負荷を軽減するための、「Foveated Rendering(中心窩レンダリング)」とよばれる手法の説明図。この図は、Oculus社が採用している技術のもの。白い部分はフル解像度で描かれるが、赤い部分はその半分、緑色の部分は4分の1、青い部分は8分の1……と解像度が下がっていき、紫の部分にいたっては、本来の解像度の16分の1しか情報が含まれていない。

人間の網膜には、「中心窩」とよばれるくぼみがある。この中心窩では解像度が最も高くなっており、そこから周辺部に行くにしたがって、我々の視野はぼやけていく。この性質をうまく使うことで、映像の中央部(図の白い部分)だけを高解像度で描き、周囲の解像度を下げることによって、画面全体の演算量を劇的に減らすことが可能になるのだ。

いわば「視覚の死角」を逆手にとる手法である。