最新VRが逆手にとる「視覚の死角」

驚異のリアリティはどう生み出されるのか
西田 宗千佳 プロフィール

「視野の真ん中だけ」をしっかり描くトリック

「Oculus Rift」によって提唱されたVRへのアプローチは、ある意味で「コロンブスの卵」のようなものだった。パソコンだけでなく、スマホでも実現可能な手法であり、さまざまなVR機器が雨後の竹の子のように登場してきた。

だが、実際に快適に仮想現実を楽しめるものは、実はそう多くない。単に「視界を映像で覆う」だけでは、人間は強い「酔い」を感じることが多いからだ。

ほとんどのスマホやパソコンは、テレビと同じように毎秒60回、映像を書き換える。だが、首の動き(視線方向の変化)に合わせて映像を自然に書き換えようとすると、毎秒60回では足りないのだ。さらに、残像が生じてしまうと不自然に感じるため、これもまた酔いにつながる要因となる。

これらの問題を避けるため、各コマの間に「黒」を挿入してキレをよくしたり、毎秒の書き換えコマ数を90コマや120コマに増やしたりと、さまざまな工夫が加えられてきた。

しかし、これで大丈夫……といえるか、というと、実はそうではない。こんどはコンピュータ側の問題が出てくるのだ。毎秒90コマや120コマで精緻なCGを描こうとすると、パソコンにはきわめて高い性能が要求される。

ゲーム専用の高性能パソコンならなんとかなるが、すべての人に使ってもらう汎用サービスには向いていない。VRの理想は、メガネのように軽い機器の中にすべての機能が入り、誰でも気軽に使えるようになることだ。高い性能が求められる状態では、小型化・低価格化は容易ではない。

……というわけで、VR機器の開発企業には、さらなる工夫が求められることになった。

そこで考案されたのが、次の図だ。なんだかカラフルな樽のような不思議な模様が描かれている。ほとんどの人には、なんの図だかさっぱりわからないだろう。これは、「Foveated Rendering(中心窩レンダリング)」という技術の説明図である。

中心窩レンダリング
「Foveated Rendering(中心窩レンダリング)」手法の説明図
上図は、VRにおける映像処理の負荷を軽減するための、「Foveated Rendering(中心窩レンダリング)」とよばれる手法の説明図。この図は、Oculus社が採用している技術のもの。白い部分はフル解像度で描かれるが、赤い部分はその半分、緑色の部分は4分の1、青い部分は8分の1……と解像度が下がっていき、紫の部分にいたっては、本来の解像度の16分の1しか情報が含まれていない。

人間の網膜には、「中心窩」とよばれるくぼみがある。この中心窩では解像度が最も高くなっており、そこから周辺部に行くにしたがって、我々の視野はぼやけていく。この性質をうまく使うことで、映像の中央部(図の白い部分)だけを高解像度で描き、周囲の解像度を下げることによって、画面全体の演算量を劇的に減らすことが可能になるのだ。

いわば「視覚の死角」を逆手にとる手法である。

自分の何がどうだまされているのか?

先の図でいえば、白い部分はフル解像度だが、赤い部分はその半分、緑色の部分はさらにまた半分、青い部分でまた半分となっており、紫の部分では、本来の解像度の16分の1しか情報がない。これだけ情報を削ると不自然に感じてしまいそうなものだが、実際にVRの中で見ると、驚くほど気にならない。「人間の目の特性」にきわめてうまくマッチしたしくみだからだ。我々の視覚というセンサーをだますことで、没入感を得やすい仮想現実を生み出すトリックなのである。

今後は、視線の方向を精密に認識したうえで、その動きに合わせて中心部だけを精細に描く技術が開発されていくだろう。それによって、我々ユーザーはさらなる没入感を楽しめるようになるに違いない。

VRとは、我々人間のセンサーを「だます」技術であり、その意味で手品やトリックと同じだといえる。今後のVRにも、さまざまに工夫の凝らされた技術が登場するだろうが、そこにはおそらく、我々の視覚特性や心理的特徴を逆手にとったものが少なくないはずだ。「没入感」に浸っている自分のどのセンサーがどのようにだまされているのか——それを意識しながらVRを楽しむのも、面白い体験になりそうだ。

D.機器にだまされるのも悪くない イメージ
どのセンサーがだまされるのか、意識しながら楽しむのも悪くない photo by iStock
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