Photo by iStock

日本人がいつのまにか忘れてしまった「神社」の意味とは?

あなたを駆動する「物語」について⑩

日本人はどこから来たか

日本とはなんだろう、日本人とはなんだろう、というのが、わたしの一大テーマである。それも、古代から現代までをつなげてみたい。

現代の問題は意外な過去に根がある直観がある。隠されたことがあり、同時に目の前にあっても見過ごすことがあり、知らないうちに意外なことに動かされている気がする。

そして日本人はおおむね、わたしも含めて、そのことすべてに、無自覚である。

どこかに忘却があり、どこかに隠蔽があり、どこかにみんなで忘れることにしたことがあり、それらをないまぜにして生きている。

無自覚なまま何かに駆動されている。日本人を駆動してきたものを知りたいと思っていた。

日本人はどこから来て、どういうふうに考え、何を志向してきたのか、折にふれ、考えた。

幻視するようなこともあった。幻視、というのは、文字がなかった時代のことは、あるだけの手がかりから先は想像力によるしかなかったからだし、人間社会の営みとは、突き詰めれば想像力だから。

また、日本は広い意味のシャーマニズム文化圏なので――でなければ、現代の先進国に、どうして祭祀王が国の象徴であったりできるだろう――、そういう作法はあながち的外れではないと思える。

そこから浮かび上がる姿は、一般に信じられているようなことと、ずいぶんちがったものである予感がしたし、糸口はよく、意外なところにあった。意外なところから、「何か」に直接接続されるような感覚を得た。

以前書いた、平昌オリンピックのアリランを観たときもそうである(参照 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54885)。大きな風や海流の中に、わたしたちの祖先はいた。流れ着いた者もいれば土着の者もいただろう。そして混交しただろう。

そのいずれの感覚とも切り離された体感を持ってずいぶんになるのだ。思えば遠くに来た。四角いビルを見て呆然と思う。

故郷はあるのか。思い出せるよすがはあるのか――。

 

満洲族の末裔との出会い

よすがは、ある。かすかだが。

先日、友人のアーティストの作品の解説を頼まれたときにもそれを感じた。友人は金大偉といい、満洲族の末裔である。

先日亡くなった作家の石牟礼道子の縁で知り合い、互いに惹かれるものがあって仲良くなり、それから彼が満洲族の末裔であることを知った。

撫順で育ち、子供のときに、日本人である母の父を頼って日本に来た。それは文化大革命の末期で、子供のときに観た映画といえばマルクスやレーニンが題材のものであったこと、聴いたのはクラシック音楽が主で、ショスタコーヴィチはあったけれどベートーヴェンはなかったこと。

まるで映画の世界のような暮らしがそこにあったことにわたしは魅せられ、それを映画のようにしか感じない自分の感性というものを不可解に思った。

満洲族と言えば、日本が一度はしっかりと手を結んだ勢力なのである(それを言えば、同盟を組んだドイツのこともイタリアのことも、戦後思い出しもしなかった)。移民した人も多い。

けれど、それが、現代日本人の、ごく一般的な感覚であることもわかっていた。そのことが少しこわかった。