平成の野口英世「大村智」の何が凄いのか?

「策士」でもあったノーベル賞研究者
塚崎 朝子 プロフィール

“火の車”だった北里研究所を再建

北里研究所に入る特許権料は、動物薬などの分に限られたが、それでも大きな恩恵をもたらした。世界の大手製薬企業を回るうち、大村氏は、改めて北里柴三郎の知名度を思い知らされ、当時“火の車”だった研究所の再建にも尽くしたのだ。

大村グループの業績は、イベルメクチンにとどまらない。69新種の微生物を見つけ、それらを含む微生物が創り出す500を超える化合物を発見、うち26の化合物が医薬品や農薬、研究用試薬に使われるなど、有機化学の発展にも貢献している。

その1つ、スタウロスポリンは、細胞のシグナル伝達の鍵を握る酵素を強力に阻害する作用を持ち、試薬として多用されている。スタウロスポリンを模して多数合成された化合物の中から、グリベック(慢性骨髄性白血病治療薬)、イレッサ(肺がん治療薬)という、画期的ながんの分子標的治療薬も誕生している。

ベーリングと共にジフテリアの血清療法を開発した北里は、第1回ノーベル生理学・医学賞の候補に挙がっていたとされる。野口も何度か候補に挙がっていたが、受賞を果たせなかった。

大村氏は、柴三郎を誰よりも敬い、再建に尽くした研究所で、自らのノーベル賞を呼び込んだ。今も後進に助言を与え、まだ人類が克服できない病を微生物が救う日が来ることを信じている。大村氏が語る成功の秘訣は、是非、拙著をご一読いただきたい。

北里とコッホ
北里柴三郎(右)。恩師ロベルト コッホ来日時、奈良で photo by gettyimages

さて、拙著で紹介した多くの科学者たちの子ども時代、野口英世はヒーローだった。がん免疫治療薬オプジーボの開発者である本庶佑氏(京都大学教授)、さらに姉妹作(『新薬に挑んだ日本人科学者たち』、2013年刊)でも、コレステロール低下薬スタチン発見者の遠藤章氏(東京農工大学)や、関節リウマチ治療薬アクテムラの開発者である岸本忠三氏(大阪大学)が、その道に進むきっかけの1つとして、野口の存在を挙げている。

いつの日か、大村氏を始め、画期的な創薬を成し遂げた先達の背中を追って科学の道に進んだ人たちが、人類を救ってくれる日が来ることを夢見ている。

世界を救った日本の薬 書影

著:塚崎 朝子

読売新聞記者を経て、医学・医療、科学・技術分野を中心に執筆多数。国際基督教大学教養学部理学科卒業、筑波大学大学院経営・政策科学研究科修士課程修了、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科修士課程修了。

専門は医療政策学、医療管理学。著書に『新薬に挑んだ日本人科学者たち』『慶應義塾大学病院の医師100人と学ぶ病気の予習帳』(講談社)、『iPS細胞はいつ患者に届くのか』(岩波科学ライブラリー)などがある