平成の野口英世「大村智」の何が凄いのか?

「策士」でもあったノーベル賞研究者
塚崎 朝子 プロフィール

大村氏は「策士」だった

薬づくりの道を究めることになったのは、北里が創設した北里研究所に採用されてからだ。1935年山梨県韮崎市の農家に生まれ、山梨大学で化学を学んだ後、東京都立墨田工業高校定時制の教員となった。

昼間働いて夜学ぶ学生たちの姿に刺激を受けて一念発起し、教員をしながら東京理科大学大学院を修了。母校山梨大学の発酵生産学科の助手となり、微生物の可能性に開眼した。

ブドウ糖は酵母の働きで発酵し、一晩でアルコールに分解される。「とても人にはまねできない。微生物の力に自分の学んだ化学を融合させれば、進んだ研究ができるのではないか」

新規物質の探索と化学構造の決定を研究の柱に据えた大村氏は、策士でもある。1973年米国留学からの帰国に際し、日本では米国ほどの恵まれた研究環境は得られないだろうと、製薬企業に共同研究を提案した。北里研究所で微生物やその産生物質を探索し、もし活性を示す物質が見つかった場合、特許取得後、その物質を製薬企業に送る。薬として実用化された場合は、特許権使用料を支払ってもらう。

先見的だったのは、動物薬に照準を定めたことだ。ヒトの薬で、世界に挑んでも勝ち目はない。動物専用の薬は少なく、多くはヒトの薬を動物にも使っていた。逆に、動物薬として見つけたものがヒトにも使える可能性もあるはずだ。世界最大手製薬企業のメルクから年間8万米ドルの研究費を取り付け、後にはファイザーなど契約先が増えた。

大村研究室の面々はビニール袋を常に携帯し、通勤時や出張時にスプーン1杯の土を採取した。土壌生物由来の有機化合物の探索は、創薬の王道だ。1gの土には1億個以上もの微生物がおり、中には薬を創り出す菌がいるかもしれない。

74年、静岡県伊東市川奈のゴルフ場近くで採取された土から新種の放線菌が見つかった。放線菌からは、ストレプトマイシンをはじめ、数多くの抗生物質や工業的に重要な二次代謝産物が見つかっている。

メルク社では、大村氏から送られた菌の代謝物を調べてみると、牛馬の腸管に寄生する線虫類をほぼ100%駆除できた。この物質の有効性を高めるために化学構造を一部改変し、イベルメクチンが誕生した。

家畜やペットの寄生虫に対する注射薬として発売されると、一躍、動物薬の売り上げトップとなり、世界中で食料と皮革の増産につながり、犬のフィラリア症などの予防にペットにも多用された。これだけでも人類への大きな貢献だが、大村の読み通り、イベルメクチンはヒトの病気にも有効だった。

毎年27万人が失明する感染症を撲滅

オンコセルカ症(河川盲目症)は、アフリカなど熱帯の風土病で、ブヨによってヒトからヒトへと線虫の幼虫が媒介される。これがヒトの体内で成虫になり 14年あまり生き続ける間に何百万もの幼虫を産む。幼虫が死滅する際、皮膚では猛烈な痒みを生じ、目に入ると失明にまで至る。世界35ヵ国に蔓延し、毎年1800万人が感染して27万人が失明していた。

1982年にイベルメクチンの有効性が発表され、1987年にいち早くフランスで錠剤が承認された。1988年から世界保健機関(WHO)を介して、アフリカでメルク社により無償提供され、集団投与が始まった。14年間は年1回薬を飲み続ける必要があるが、幼虫が死滅してしまえば、新たにヒトに感染させることはなくなり、やがて病気は撲滅できる。

イベルメクチンの服用量を測る様子。コートジボワールで photo by gettyimages

蚊が媒介するリンパ系フィラリア症に対してもイベルメクチンは効果を示した。2012年には3億人以上に投与される世界最大の薬となったが、そのほとんどが熱帯病撲滅のために無償供与された。オンコセルカ症は2025年に、リンパ系フィラリア症は2020年に撲滅が見込まれており、ユネスコから、発展途上国における「公衆衛生上過去最大の成果」と高く評価された。

実は日本でも、イベルメクチンは、ストロメクトール錠という商品名で発売されている。適応となったのは腸管糞線虫症で、九州南部や沖縄にかけて数万人の患者がおり、土壌などに存在するフィラリア型幼虫に皮膚から感染して、咳や下痢などを起こす。ダニにより引き起こされる疥癬の適応も追加された。1回のみの服用で済み、これら2疾患の特効薬となった。