「泣き声通報」と児童相談所の訪問が招いた家庭崩壊の悲劇

育てられない母親たち【21】
石井 光太 プロフィール

虐待してないのに児相が来た

マンションへの引っ越しから3ヵ月後、瑠奈は長男を無事に産んだ。

瑠奈は家族3人になれば、すべてはうまくいくと思っていた。だが、そうではなかった。子育ては、瑠奈の思うようにはいかなかったのだ。

長男はもともと体が弱かったのだろう。アレルギーをいくつも持っていた。また、喘息で何度も入院した上に、生まれつき腸に問題があり、腸閉塞を起こして手術をしたこともあった。それ以外にも体調を壊すことが多く、生まれてからずっとマンションと病院を往復しているような日々だった。

 

瑠奈は懸命に長男の看病をしたが、夫の正志は非協力的だった。瑠奈の言葉である。

「彼は朝は決まった時間に仕事に行って、夜は付き合いで遅くまで酒を飲んでっていう生活でした。明け方に息子の体調が悪くなって、車で病院までつれていってと頼んでも『酒が残ってるから』とか『仕事で疲れているから』と言って絶対にマイペースを崩さない。私も、子供と仕事どっちが大切なのよって感じで怒りをぶつけるようになりました。関係がぎくしゃくしはじめたのは、その頃からです」

2人は日に一度は口論をするようになった。それがもとで、瑠奈は正志の弁当をつくらないようになったり、アイロンなど家事を任せるようになったりした。

実家との関係もますます悪化していた。姑の美和子は、長男が度々体を壊すのは瑠奈がきちんと子育てをしていないからだと考え、勝手に自治体の相談窓口に連絡をしたり、通院先の病院の医師に相談を持ちかけたりした。

瑠奈が怒って放っておいてくれと頼んでも、聞く耳を持とうとしない。正志も非協力的で「おふくろは心配性なだけなんだよ」と言ってかかわろうともしなかった。

瑠奈のうつ病はいよいよひどくなり、メンタルクリニックへ通いはじめた。

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初めて児童相談所の職員がマンションにやってきたのは、長男が1歳半の頃だった。

その日、瑠奈は家で掃除をしていた。すると、ドアチャイムが鳴った。出てみると、見知らぬ男性と女性が立っていた。

男性は言った。

「児童相談所の者です。ご近所から、度々この家で赤ちゃんの泣き声がしていると通報がありました。確認のため、お子さんを見せていただけないでしょうか」

同じマンションの住人が、泣き声を聞いて虐待を疑って通報したのである。瑠奈は誤解だと言って息子を見せて引き取ってもらった。

だが、これで終わりではなかった。同じような通報が数日おきに児童相談所にいき、そのつど職員が確認にやってきたのである。

瑠奈は我慢しきれずに言った。

「一体、誰が通報しているんですか。子供が泣くなんて当たり前じゃないですか。一々虐待を疑われたら子育てなんてできませんよ」

職員は答えた。

「それはそうですが、通報があれば確認しなければならないことになっているんです。それに通報は1件だけじゃないのです。ご理解ください」

マンションだけではなく、複数の家族から虐待を疑われているということか。瑠奈は疑心暗鬼になって、家に閉じこもるようになった。