ADHD、通院をやめたら息子への暴力が止まらなくなった母の悲劇

育てられない母親たち【19】
石井 光太 プロフィール

ADHDがバレたら体面が悪いと言われ

夏央は物静かな性格で、周囲からの目をやたらと気にする男性だった。高校の時に引きこもって中退し、親戚の経営する会社で働いていた。

実家には、義理の両親だけでなく、祖母や叔父も暮らしていた。明奈は大家族の中に放り込まれたのだ。

急な生活の変化に適応するのは大変だったが、さらなる問題が起きた。夏央からこう言われたのである。

「うちの親戚はいろんな会社を経営しているから顔が広い。おじいさんやおばあさんが、もしうちの家族がメンタルクリニックに通っていることがバレたら経営に差し障りがあるって心配している。いろいろとうるさいから、もう病院へは行かないで」

photo by iStock

明奈は高校卒業後も病院で薬を処方してもらっていた。何度か止めてみたこともあったが、その度にひどいいらだちがぶり返したので服用をつづけていたのだ。だが、義親や祖母、それに叔父は、世間体を気にするあまり、嫁の精神科への通院を認められなかったのである。

結婚から5ヵ月後に、明奈は妊娠が発覚。翌年、男児を出産した。

出産の前後は、明奈の精神状態は落ち着いていた。だが、半年近く経ってから、急激に通院を止めた影響が出はじめた。まるで雷が落ちたように怒りに駆られて暴れずにいられなくなったのだ。

明奈は怒りの感情に取りつかれると、何もかもが気に入らなくなり、毎日のように夫に飛びかかったり、食器を壊したりした。夫は物静かな性格から、何をされても反撃することなく黙っていた。

ある日、服をハンガーにかけなかったという理由で夫を突き飛ばした。夫は窓ガラスに後頭部から突っ込んで大怪我をした。

この一件は、救急車が呼ばれたことで、近所に知られることとなった。明奈は、義祖父母から猛烈な勢いで怒られた。

 

以来、明奈は家族の目を極度に気にするようになった。再び大騒ぎを起こせば、家を追い出されるのではないかと考え、夫に鬱憤を向けるのではなく、幼い息子に手を上げだした。息子が泣いたり、オシッコやウンチをするだけで、パニックになり、布団たたきやお玉で力いっぱい叩くのである。

やがて、事実が発覚する。アルミホイールの箱で顔を叩いた際に、赤ん坊の片目を傷つけてしまったのである。失明は免れたが、病院の医師が体のアザなどに気づき、虐待が露見した。

家族会議が開かれた。祖父母は言った。

「うちに病気の人はいりません。暴力を振るうなんてもってのほか。今すぐ、親権を手放して出ていきなさい」

明奈は、もう別れるしかないのだろう、と思った。